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カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の54件の記事

2016年12月 9日 (金)

秋は栗

秋になったら、栗が食べたくなる私です。

特に栗のお菓子。

ということで、仕事に出た日は、帰りに自分へのご褒美としてたいていこの時期マロン系ケーキセットを食べて帰っちゃいます。

9月から食べてきた栗を貼り付けよう。

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これは京阪とJRの京橋駅の近くにあるコカルドのモンブラン。

コカルドは何を選んでも美味しい。いつも迷う。

コーヒーもたっぷりポットでくるので、うれしい。

ちょっとだけモンブランの部分が固く感じたかな。

去年も食べてます。ケーキの装飾も去年と同じ気がします。

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こちらはウェスティン都ホテル大阪の中2階のカジュアルなカフェで。

この日は地下鉄谷町線で移動したので乗り換えの上本町で。

ホテル内でも基本セルフのカジュアルな店で800円台でセットになったと思います。

ここではチョコのケーキが好きなのですが、やっぱり栗の食べ比べしたくて。

すこし私には甘い感じがしましたが、美味しかったです。

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リーガロイヤルホテルのダイニングレストランのリモネで。

ここのは絶品でした。この日は仕事ではなかったのですが、友人と。

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これは11月28日にした講座の帰りに梅田で途中下車して阪神百貨店の地下で見つけて買って帰った中津川の「すや」の栗きんとん。

文句なく、毎年これが出たら買っちゃう。見かけたら素通りできない(笑)

私の家の近くにあるミツハシというケーキ屋さんでは今頃は年中出ているモンブランではなく季節限定「和栗のモンブラン」というのが出ます。

これが美味しい。

明後日、夫の母のところへ行くのに買っていくつもりです。

後でUPするかもです。

しかし、こうして何かと言ってはケーキ食べているもので(栗以外もたくさん食べてるしw)体重がはんぱなく増えています。

気をつけなくては。

2016年5月10日 (火)

裏ナンバ探検記と高丘親王航海記

めちゃくちゃ久しぶりの更新ですm(__)m

連休前に、大阪の裏ナンバと言われるあたりを探検してきました。

行ったところは「味園(みその)」少し前に「味園ユニバース」というタイトルで映画化されたところです。

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ユニバースはキャバレーで、昭和のころには非常に流行っていたところだったそうです。
味園はビルになっていて、一部は個室で宴会もできる飲食店。上のフロアでは宿泊施設もサウナもあるのですが、私が探検しに行ったのは2階にあるバーでした。 私が、というより私が代表をしているある会の理事たちが、連れもって俄か探検隊を組織して出かけたのでした。

ここの2階は時を経て古くなったため今は賃貸料が安くなったおかげで、面白さプンプン、怪しさプンプンのバーがひしめき合っているという噂だったもので。 2階へは右写真のように、らせん状のゆるいスロープを歩いて上り下りします。

マスクの怪しい女が私www

ところで探検隊の集合時間がこの種のバーの開店時間には少し早かったため、ハリキッテ行ったものの、開店しているところが3、4店舗ほど。

ぐるっと2階の廊下を一周し、開いている中で怪しさが特に漂っていた「夕顔楼」に入りました。

緊縛をうたっていたのでちいとばかりドキドキ。

店内、暗~。
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でもさほど過激でもなく、置いているものがちょっと意味あっりげな人形とか、書籍で、私たち女7人で思いっきり喋りまくり、少しは有った怪しさも帳消しか(笑)。

ただこのお店に置かれているものを見ていると、私がかつて好きだった作家でフランス文学者の澁澤龍彦のコレクション世界というようなものに似ていて、そんな話をしたら、マスターが奥から澁澤龍彦を特集した大型本を出してきて見せてくれました(しかし暗いし字が小さくて見えんwww)

私はマスター自身澁澤龍彦が好きなんじゃないかとにらみました。

澁澤龍彦は今から20年ほど前に喉頭がんで亡くなったのですが、最期に発表した小説「高丘親王航海記」を読み直してみたくなり、帰宅してから再読。
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高丘親王というのは実在の人です。本来の字は高岳親王、平城天皇の皇子で平城天皇譲位後に次の嵯峨天皇の皇太子として立ち、薬子の乱(実父である上皇が嵯峨天皇と揉め再び重祚しようと皇位をめぐり争った。平城天皇側が敗北)後に廃太子、出家して真如親王、高野山の空海の弟子になった人物です。
晩年、仏法を究めたくて唐へ行ったものの、唐では仏教が著しく廃れ、よって仏教発祥の天竺を目指し航海し、その途中で亡くなったのですが、死の詳細は不明で、今のマレーシアのジョホール・バルあたりで虎の害に遭ったという説があり、小説でも最期はそうなっています。

澁澤龍彦は日本の歴史の中からその高岳親王を選び、日本史の中で稀有な悪女とされてきた今で言う美魔女・藤原薬子をからめ、西遊記のように、マレー半島を舞台にした奇譚物に仕上げたのです。
最終章、高丘親王は喉の奥に違和感を覚えていて、それが最初の章で描かれた薬子が何処かへ放った光る珠=真珠で、それが時空を超えて最期に親王の喉に付いたというようなことで物語は着地しています。

喉頭がんで苦しんていた澁澤龍彦の最期の作品、なんだか夕鶴のつうが自分の羽を抜いて美しい織物を作ったように、彼の最後の魂をこの作品に込めて作ったとも読めます。

読売文学賞を受賞した作品です。

知識の豊富な彼らしい作品だったな、と改めて感嘆しきり。

そういえば私、30年以上前、シンガポールにツアーで行ったのですが、そのツアーというのはシンガポールから2、3時間車でマレーシア国内へ入った先にあるデサルビーチというリゾート地で真ん中2泊する4泊5日のツアーで、シンガポールから国境の橋を渡ってすぐのジョホールバルからデサルビーチまでの間の道路に「虎注意」という標識が有ったのを思い出しました。
北海道出身の私は「熊注意」の標識に慣れていて、同じようなものだな、くらいに思ったのですが、30年前までなお虎の害があったということなのでしょう。

ひょんなことから、澁澤龍彦再読して、良かった。

夕顔楼はいいお店でした。

マスターただものではない雰囲気が有って、チャージも無かったのか、7人で10700円。

もっともおつまみのメニューはなく、スナック菓子のような物で、お酒も1杯だけの人もいたのですが、それにしても安い。

参加者の中のSさんがカンパということで1万くださって、会計の時にカンパでほとんどいけたやんかと驚きました。

(ありがとうSさん)

また行ってみようかと思わせるお店でした。

2015年7月18日 (土)

平和憲法を護りたい

台風一過、本日は晴れています。

被害にあわせた方、お見舞い申し上げます。

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ところで、私は、7月15日の衆議院特別委員会での安保法案強行採決と16日の本会議の採決に、怒りがおさまりません。

本日18日午後1時に下記のポスターを掲げる澤地久枝さん、瀬戸内寂聴さんをはじめとする皆さんの運動に、私も参加し、道行く人が見える家の窓と、ガレージにポスターを貼りました。

再び日本が戦場に人を送り込むようなことのない平和な社会を守りたい。

日本国憲法9条を正しく護りたい。

ここでも声をあげたいと思います。

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2015年4月17日 (金)

マイブーム・ アボアボ カドカド~♪

いつもながらのごぶさたです。

書こうと思いながら放置していて、よって体調が悪いかとご心配くださった方もいらして、申しわけないかぎりです。

体調はぼちぼちです。血小板と赤血球はかなり健康な人に近づいてきたのですが、どういうことかここにきて菌と闘ってくれる好中球が前回の半分に減ってしまって…、によって要注意は要注意で、用もなく人混みをうろつくなんぞしないようにせなあきません。

食べ物なんかも自己責任で、注意して食べないといけませんね。

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しかし、しかし、この頃のマイブームはマグロとアボカドのサラダ丼heart04

ほら今ファミリーレストランのガストできれいなおねえちゃんが宣伝しているでしょ、「アボアボ カドカド~~~~♪♪」というやつです。

それを自宅で作って、この3週間ほどは週2くらいのペースで作って食べています。

最初はガストでお昼に食べたんですよ。

カロリー少なめで、あっさりヘルシーな感じなので頼んでみたんです。

そうしたら、美味しくてhappy01

さっそく、その帰りにストアに寄ってアボカドとマグロのお刺身を買って再現。

うひひ。

簡単に再現できたんです。

以来、マイブーム。

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実際はもうすこしアボカドの色がきれいな緑色でマグロもきれいな赤なんですが携帯で撮ったもんで(汗)

作り方はいたって簡単。

材料はマグロのお刺身(安いので充分)+アボカド+温泉卵+レタス

丼にふつうのご飯をいれて、上にレタスを小さくちぎってのせ、その上に適当に小さく切ったマグロとアボカドと温泉卵をのせて、うえにお好みでマヨネーズをちょいとかける。

このご飯はワサビと生醤油(写真の左・ガストでも少し深めの小皿にチューブのワサビを入れてテーブルにある醤油で食べるのです)を溶かしたものをかけて、最終的にはまぜまぜして食べます。

マグロの品質に問題が無ければ通常なら、誰が作っても同じ味になります。

レタスがさくさくしていて、アボカドとマグロと温泉卵とマヨネーズがまざってトロッととろけて、ウマ~~なご飯です。

ということで、久しぶりのブログは食べ物の話でした。

元気にしています

2014年10月18日 (土)

卒業

函館の父が9月27日未明に亡くなりました。

満で86歳、数えで88歳でした。

50歳くらいの時に転んで脊髄の神経をすこし損傷し、徐々に手足がしびれたり感覚がなくなっていき、70歳台からは歩くのもなかなかままならず、5年前からは自宅でもすべて車いす生活でした。

内臓だけは丈夫でしたが、老化にともなう衰えは仕方なく、私のすぐ下の弟は10年ほど前から仕事を辞めてその父の介護にあたって今日まで苦労してきました。

施設に入ることを嫌がっていたため、心の優しい弟は、独身だったので(姉の私は遠い大阪にいたし、もう一人の弟は青森なのでやはり離れていたため)一人で献身的に介護してきていたのでした。

私が病気になる前は一年に一度介護に行きましたが、たった7日間ほどでも夜中も1時間半に一度トイレのために起こされて連れて行く生活(連れて行ってもすぐには出ないので15分くらいも待たされて、粗相があればすぐに全部着替えさせる)は、くたくたになりましたので、それが毎日の弟はどれだけ大変だったかと、頭が下がりっぱなしでした。

その父が昨年の秋に私と同じように血液を造らなくなる病気になり、さらにこの6月からは菌に対する抵抗力がないため、肺炎で何度も入退院を繰り返し、とうとう亡くなったのでした。

私はちょうど26日に文学講座の仕事と、主催している文学賞を支えてくださっている協賛会社の役員とお目にかかるお約束を入れていましたので、それが済み次第、一度父の見舞いに行くと数日前から航空券を取っていたのですが、間に合わず、その夜中に逝きました。

介護していた弟も「オレも病院から電話で呼ばれて、飛んで行って10分後くらいにあっという間に亡くなった」ということで、もうすこしは大丈夫かと思っていたけれど急変したということのようでした。

そんなことで、予定通りの飛行機に乗って、父とのお別れに行きました。

集まった姉弟で話をしてみたら、前日の26日は私には仕事が、青森の弟夫婦は結婚記念日で記念日らしいことをして、寝た後での死で、父は私たちのそういうことが済むまで頑張って、くれたんだと思いました。

ともかく、私たち子供たちと、イトコ(父は一人っ子だったので、亡くなった母方の方のイトコ。母の兄弟姉妹はほとんど亡くなり、生きているオバさんも動けないのでイトコだけ)で、こじんまりと葬儀をしました。

覚悟は昨年からありました。

父は思い残すことなく、最愛の母のそばに行ったと思います。

献身的に介護を続けてきた弟がロスになってしまうのではないかと、今はとても心配ですが、私は父への感謝も思い出もすべてを含め、父との別れを「卒業」と心に区切りをつけました。

来月、再び、49日に骨納めで函館に帰ります。

2014年3月31日 (月)

びんぼくさいが好きな物

今、食べ終わって、幸福感いっぱい。

なにが? って、パンの耳。

耳というのよね、たぶん。

食パンの両端を薄く切り落とした部分です。

私が好きなのは、バターの入ったリッチな食パンのその端っこをトーストしたもの。

食べてしまったから、写真は無いけれど、コーヒーのおともで食べるのが好き。

このところハマっているのは、スーパー「ライフ」のなかにあるパン屋さん「小麦の郷」のホテルブレッド。

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食パンは関東と関西では好みの厚さが違うようで、関西ではいちばん多いのが5枚切り。

北海道育ちの私が関西に来るまでは6枚切りか8枚切りのパンを食べていて、5枚切りはあまり見かけなかったような。

そして当時は6枚と8枚のどちらが好みだったかなんて、もう遠い昔の話なので、忘れてしまった。あはは。

(というか、基本ご飯が好きだったので、食パンじたいあまり買わなかったかな。パンを買うときはたいてい菓子パンか惣菜パンだった)

関西に来て、5枚切りに慣れたら、5枚切りはパンの味がはっきりわかって美味しいと、食パンも好きになりました。

トーストしたら中がもちっとふわっとして、外はパリッとして美味しい。

そんなことで5枚切りが標準になった私です。

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ところが、病気をして、退院はできたものの、まだ食べ物に制限があった時に、たとえばパンケーキやトーストなら生ものではないので外食もそこそこ出来たので、息抜き、手抜きに、時々朝食を食べに夫とロイヤルホストに出かけたのですが(ここのパンケーキが美味しくて、たいてい私はそれ目当て)が、夫がよく頼むモーニングのトーストは8枚切りのパンが一枚っきり。

最初は、なんとケチくさい、大阪じゃあトーストは5枚切りが標準で、モーニングサービスでは4枚切りなんてのも普通やで、と驚いてました。

足りないから、トースト一枚追加注文するんですが、内心ずっとこんな薄っすいパン、と不満でした。

(すこしお互いのを交換して食べるから思うのね)

しかし、慣れというのは恐ろしい。

私がかつて、あっというまに関西風の5枚切りが美味しいと思うようになったように、これまた1年ほど経つと、この薄いパンが、中までカリッ、パリッとしてなかなか美味しいものではないか、と思えるようになったのでした。

そんなことで、8枚切りは見かけないから、たまに自分で1斤をパン切り包丁で薄めに切って食べたりするようにもなったのです。

はてさて、そこで先ほどのパンの耳。

パンの袋に、切った端っこを一緒に入れている、その一枚しかない耳を、キツネ色にこんがりと焼いて、サクッと、バターもジャムもシロップも何もつけずにコーヒーを飲みながら食べるのが、最近とても気にいっているのです。

2013年9月30日 (月)

夏の思ひ出 (2)函館・港祭りと法事

函館には8月3日に到着。

ちょうど港まつりの開催中で、この日は宿泊したホテルグランティア五稜郭の前で終了するパレードが夕方~夜にかけてありました。

今回は母の17回忌で行ったのですが、13回忌の時にもまったく同じ時に泊まっています。その時のブログ記事⇒http://haretaraiine156.blog40.fc2.com/blog-entry-41.html

このパレードは前のブログ記事にも書いたように、昔私が子供の頃は「1万人パレード」と言ったのです、お昼に開催で、私も住んでいる町内会の子供の鼓笛隊に属して歩きました。その時は函館山の麓にある高田屋嘉兵衛像前から函館駅前まで歩いた記憶があります。

今は夕方から夜にかけてのパレードで、大きな車に電飾を施してた山車と踊り手たちが踊りながら歌いながら練り歩いて、なかなかの迫力です。

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とくに私が大阪へ来た後にできた「イカ踊り」というのが、最近はポピュラーな踊りになっていて、飛び跳ねて楽しそうに踊ります。

函館市内の各企業、病院から学校、町会、皆こぞってグループで出てきますから、踊る人々も多いし、見物客も多い、夜なので沿道にはお酒をだす屋台も出ていて、ビールと焼き鳥片手になんてぐあいで、どこもかしこも賑やかでした。

ホテルは、13回忌の時に初めて泊まって以来、気にいって、函館へパック旅行を使って(その方が正規の航空運賃より安くて済む)行くときにはたいていここをセットにして1泊します。夜中の2時まで利用できる温泉の大浴場があって、朝食もとても美味しいし、室内もきれいなんで。

今回は色々実家には事情があって、なかなか病人の私の身体が実家では休まらないから、というので、このホテルに1週間近く滞在し、ここから実家へ昼から夕方まで何度か行きました。

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8月4日が肝心の母の17回忌。

父が動けないので、17回忌は家族のみで、家でやりました。

青森に住む下の弟の奥さんもぎっくり腰のきついのになってしまったというので、ほんとうに、父と、私と夫、私の弟2人の、とてもシンプルな法事になりました。

母の兄妹も、その連れ合いも、亡くなったり生きていてもみんな動けなかったりで。

代理でイトコが出てくださっても、こちらからはそういう時に動けない父を置いて弟が出て行けない事情もあって、だんだんどこの家も似たような事情になってきて、シンプルにしたとしても何の問題もなく。

しかし、来られた若いお坊さんが(かなり遅れて来られました)、お焼香の用具を持って来なかったのには、びっくりして言葉がなかったです。

そういうものが普通の家庭にお線香や蝋燭と同じようにあるものとは思っていませんでしたから。

夫の実家は曹洞宗ですが、法要で家にお坊さんが見える時には用具も持ってきてくださっていて、それはだから普通の家庭であらかじめ用意しておくものだとは知りませんでした。

特に実家は、門徒もの知らず、の、その門徒です。

居直るわけではないですが、今までお坊さんが持って来られるものとばかり思っていました。

お坊さんは必死に我が家の仏壇の引き出しを開けて探していましたが、ありません。「無いですよ」と言っても探しまくっていました。

それでお坊さんはそのままお経をあげて、だから焼香も無しで、お説教を始めて、終わって、着替えようとするので、

「ちょっと待って、せめてお線香をあげさせてください。お焼香しなかったので」

と言って、お線香をあげました。

続いてみんなも。

お説教が、死と隣で生きている私にとってはものすごくしょうも無い話だったのは、まだしも、法事だというのに、お焼香の用具がないからと、お線香の一つも家族にあげさせないで終わらせるというのは、私にはありえなかったのですが、西本願寺ではそのようなものなのでしょうか。

実家で包んだお布施のなかには、そうした費用やお膳代も当然入っているはずです。

本来は各家にある物なのかもしれませんが、現代では、古い時代とは違い、そうした用具がない家庭の方が多いでしょうし、来られる前に電話で、用具の有無の確認位したっておかしくないでしょう。

わざわざ法要に大阪や青森から高い飛行機やら列車使ってやってきた家族です。

なんだか、あのお坊さん無しで、お経のテープ流して、母に手を合わせたほうが、まだ気分的に納得したような、割り切れない思いでした。そういうことやら過去にもいろいろあって寄付寄付と言われても寄付がすなおにできましょうか。

ま、ともかく、無事法事が終り、あとは父が動けないので、そのまま家で、取ったお寿司とオードブルを食べて、懐かしい話をしました。

父を看ている弟が、そういえば45年前にここに引っ越す時に段ボールに梱包したまま、10年程前に建て替えした時もそのままで、一度も開けていない箱があって、開けたら面白いものが出てきたと、テーブルに並べました。

見たら、古いお猪口ととっくり。

お猪口はものすごく小さくて七福神の絵がそれぞれ中に書かれている九谷焼もどきのもの。とっくりは亡くなった祖父が良く使っていたとっくりで、ひいきにしていた酒屋の名前と住所や電話番号が横に書かれているものでした。

その酒屋の話で、すっかり話が盛り上がりました。

昔は酒屋や米屋やお寿司屋やいろんなところが年末に得意先に記念品を配ったもので、そういうものがどうも沢山その箱に入っていたようなのです。

はっきり言ってガラクタで、だから一度も開けなくてもすんだのでしょうが、今となったらタイムカプセルのように、私たちの45年以上前の生活を浮かびあがらせてくれたのです。

つづきで、ご近所の話になり、子供だったのでわからないまま曖昧にしていた記憶が、父によって改めてはっきりさせてもらいました。

母の17回忌、家族が久しぶりに集まって、お酒飲みながら昔の話をする、最後はいいものでした。

夏の思ひ出 (1)札幌

2ヶ月もブログ放置していたのには訳がありまして、毎年ですがこの時期私が代表で主催している文学賞の下読みの選考(多くの応募作品を読んで、最終候補作までを5作に絞っていく作業。けっこう大変なんです)があって、まずは作品をたくさん読んで忙しくしていたのです。

あと、講座もいくつかやりましたし、連載している雑誌のエッセイを書いたり、バタバタしていました。

講座はする前にレジュメを作ったり、喋るために再度調べなおしたり、結構本番前の準備があるので、書く作業ははっきりいって仕事以外はする気があまり起きないのです。

メールでさえもなかなか書けなかったり…。

まあ、言い訳です(^-^;

とくに今年は7月31日から北海道へ、実家で母の17回忌があったので、せっかく高い飛行機代を使うのだからと、わりと長めに行って、それで留守もしてたし。

昨年死ぬかと思うような病気にかかり、九死に一生を得て病院から戻ってきた私、いつまでも明日があると思ってはならないと骨身にしみ、どうせ北海道へ行くなら青春時代を過ごした札幌にも立ち寄り、会いたい友達にできるだけあっておこうと貪欲に思ってね。ふふふ。

先週、木曜日に講座が終り、文学賞の方も予選通過作品を公式ブログで発表し、すこし余裕ができましたので、そういうことで、2か月も前のことになりましたが、私の北海道での思い出を分けて報告いたします。

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夏の思い出、まずは札幌編。

7月31日、関西空港から札幌へ全日空で旅立ちました。

その日の夜、ホテル(全日空ホテル)へ着いてほやほや、Cさんと会ってお食事しました。

夫は夫で大学時代の友人たちとお食事会。別行動。今回札幌はず~~っとずっと別行動。うひひ。

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ということで、行ったのは居酒屋。

私も彼女も呑兵衛だし、ね。

そこでパチリと一枚写したお宝写真です。

ネットではシモネッタ公国の王女で、私も負けず劣らずの別国の女王なのですが、リアルの彼女はすごくチャーミング。品もある。

彼女は偶然私と同じ函館の小学校へ通っていたことがあって(時期は離れるけれど)、それを知って以来私を「先輩」と呼んでくれます。

今回はその小学校まで、思い出をたどって行ってきましたが、それは次回に。

この居酒屋はCさんが連れていってくださった店、JR札幌駅のビル内にあるお店で、「北○」http://kitamaru.jp/

雰囲気も良くて、お料理も美味しかった!

なかでも感激したのが「赤ホヤ」

ホヤの大好きな私ですが、これ初めて知ったのです。赤いホヤは食べたことも聞いたこともなかったもんで。なんでも根室とか稚内で採れるめずらしいホヤなんだそうで、Cさんに教えてもらいましたが、絶品。

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お刺身のようにワサビとお醤油で食べました。2切れほど食べてから慌てて写真撮りました(笑)。だからほんとはもう少し量があったのよ。

ほほほ。

この夜は、この居酒屋でいろんな北海道らしい美味しいものを食べて、それからススキノの方へ出て、すこし変わったお店へ連れて行ってもらいました。

ソフトクリームにリキュールをあれこれかけて食べるお店。

「ミルク村」http://tabelog.com/hokkaido/A0101/A010103/1000194/

面白いお店でした。

ということで、Cさんと盛り上がって美味しいもの食べて飲んで楽しかったわ。

プレゼントに手作りのすごく美味しいラズベリージャムと上質のお布巾もいただきました。

ありがとう。

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(ジャムあっという間に食べちゃった。うふふ)

すごくいい思い出ができました。

また会いましょう!

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ホテルが何故か3連泊できなくて、翌日は札幌プリンスホテルへ午後から移動(そこで2泊)、かつて仕事をしていた時に知り合って以来の親友M・千鶴子さんと10年ぶりくらいで会いました。

お茶飲んで話しまくり、ご飯食べて話しまくり、結局5時間くらいは一緒だったかも。

最後の方では千鶴子さんの旦那さんも近くまで来ていると言うので、ちょっと会って挨拶。それで解散。

(というか、彼女へ彼から何度かケータイへ電話があって、そのたびにどんどん私たちの近くへ来る。最後は同じ階の喫茶にいるというんで、しょがないな~って言って、結局彼がコーヒーを飲んでる所まで2人で行った。ヨメさんが10年ぶりに友達と会って話しているってのに参加したいんか、気になるのか??? たぶん本人にはそんな意識もなく、ヨメさん以外に他に近寄るところがないのかwww。その点、我が家の夫はこの頃ずいぶん自立しているぞ)。

この夫婦、結婚披露宴の司会は私がして、それより遡ること数年前からよく知っていた熱々の2人。

まあいつまでも熱々でいてください(ヨメさんにうっとおしがられない程度に)

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札幌3日目のお昼は、これまた仕事をし始めたときに知り合った友達のM・悠美子さんで、お昼をご馳走になりました。

フレンチのお店で、佐藤水産が経営している店らしく、北海道の海産物と野菜を使ったあっさりヘルシーな、味も雰囲気も良いお店でした。

「ジュノー」http://tabelog.com/hokkaido/A0101/A010102/1021379/

すこしクーラーが効いていて、病人の私には肌寒かったので、私、ユニクロの小さく折りたためる軽いパーカーを出したら、悠美子さん、さっと何やら丸井今井の紙袋を出してくださった。

「お見舞いの代わり」って、袋を開けたらちょうどそんな時に羽織れる薄手の幅広のスカーフが入っていました。

綺麗な色で、さっそくその場で使用して、それ以降、ずっとハンドバッグの中にいれて重宝しています。

ありがとうnote

すっかりお世話になっちゃいました。

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で、その日の夜は、悠美子さんとは中学高校とクラスメイトで、でも私とはまったく別に知り合って親友になったT・美和子さんとW・えみさんとで居酒屋に行きました。

私が、太りたくない、居酒屋がいい、と言ったもので、最初は中華かイタリアンと言ってくれていたのを急遽ススキノの居酒屋にするということになり、連れて行ってもらったのでしたが、はははは、行ってビックリ、Cさんと初日に行って感激した居酒屋「北○」の本店だったのでした。

またもや赤ホヤ食べました。うふふふ。大満足。

この間、写真を撮るなぞ思いもつかず、毎日昼から遊び歩いて、夜の10時くらいまでしゃべりまくり、楽しゅうございました。

札幌では、美味しいお蕎麦が食べたいと我儘を言って(大阪のお蕎麦は汁の味が違う。お蕎麦はお醤油が濃いのが美味しいと思うのに、温かいお蕎麦なぞは大阪ではうどんと同じ薄口しょうゆのお出汁に入ってくるcryingので…)、美和子さんにプリンスホテルのすぐ近くにあるお蕎麦のお店へ連れて行ってもらい、美味しいお蕎麦を旦那と3人でお昼に食べて札幌の美味しい最後を飾ったのでした。

「志の家」http://loco.yahoo.co.jp/place/909e6c9a9bd08a5df70074782b95ecc4fb9a022f/

冷たいざるそばと温かい汁蕎麦と2つ食べちゃいました。

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その後、札幌の丘珠空港からHACの飛行機に乗って函館へ向かったのです。

HACの飛行機、ものすごくレトロ、というか、昔の映画のようにタラップを踏んで昇り下り、しかも飛行機内は天井が低くバスよりも狭くて、驚きました。

席は3列のみで一番後ろの席は12、つまり満席でも36人。CAさんもお一人。

珍しい光景だったので、写真撮っちゃいました。

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ということで、8月3日、飛行機は函館へ降りたのでした。

(写っている方々は私とは無関係の乗客です)

2013年7月13日 (土)

ぼったくりババー’s BAR?(夏の食卓)

ご無沙汰しております。

大阪はsunsunsun暑いです(日本全国暑いでしょうが、大阪の暑さは格別蒸し暑いのです)。

誰かが100年に1度の暑さだと言っていました。

ほんま?

しかし、私、7月に入り、会議1回、講座を2回(生誕100年の織田作之助と同時代に活躍した無頼派の作家たちの話)、やって来ました。

病人ながらけっこう元気そうにやってます。

会議の帰りには阿倍野ハルカスへ行きバーゲンも楽しんだし(ふふふ)、別の日には友人のSくらさんheart04と豪華なランチも楽しみました。

でも、でも、とにかく仕事のない日中はできればどこにも出たくない。

お料理も手間暇のかかるもの、火を使う煮込みなぞはごめんってもんです。

そこでこの2週間ばかり我が家で何度か登場させた手抜き料理がありまんねん。

しかもえらく安い、居酒屋風「おつきだし」で、これを夫に請求書をつけてだします。

ぼったくりガールズバーってのがニュースになって、ごく最近は殺人事件にもなりましたが、さしずめぼったくりババーズバーimpactか。

ともかく、今日はそれをご紹介します。

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これはただの茹でたもやしと生ちくわ(ストアで78円とか88円で4本入ったうちの1本)をマヨネーズであえたものです。

味のポイントは「わさび」です。わさびとマヨネーズと合せ、そこに最初に薄く輪切りにした生ちくわを入れて、さっと(ほんとうにささっと)茹でたもやしを混ぜて、できあがり。

写真の日はもやしが、前日ジンギスカンをした残りのもやしだったので、根と豆の部分を取りました。ちょっと手間でしたが、べつに買ったばかりならそのままでも茹でていけます。太めのもやしの方がシャキシャキ感がいいかもです。

あ、ささっと茹でたもやしだけを、ごま油とお醤油かけただけで出してもイケル。

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次に、これは鶏肉の皮を湯引きして千切りにしたものを、フグ皮のポン酢のようにおつきだしにしたものです。

鶏の胸肉を買って、チキンカツなどにするときに、私は皮をはいで、身の筋きりもするのです(筋を取った方が柔らかくて美味しい)。その皮と筋の周りに付いたわずかな肉やら、カツにするにはどうかというような端っこの半端な肉を、小さな鍋にお水と生姜とネギとお酒とお塩を少し入れて、茹でて、私はスープにします。

蒸し鶏(って私の場合は茹でるから本当は茹で鶏ですが)にした時も同じです。

茹で汁はぜったいに捨てません。スープにします。それだけだと味が足りないので少しだけ中華のだしの素を入れ、あとは自分の好みで塩コショウお醤油ごま油などを加え、カットワカメも少し入れて、チキンカツをした時に衣をつける時に使って残った卵やあったらシイタケなどを入れると美味しいスープになります。

すぐにスープをしないときはジプロックなどの冷凍庫用袋に入れて冷凍庫にしまって次に回します。

我が家では廃品にしてもいいところを使ったスープなので「貧乏スープ」と言いますが、これがなかなかnote、先日Sくらさんと一緒に食べた中華の名店のコースで出てきたスープとよく似た美味しいものになるのです。

で、そのスープの出汁にした肝心の鶏の皮を千切りにして、筋の周りの肉を手でさいて、器に入れて、もみじおろしとネギ添えて出来上がり。

スープやカツを作った日にしなくても、茹でてさえいれば冷蔵庫で3、4日は持つから適当に出します。

これも請求金額1万円sign03

うひひひ、ひ。

あと、火を使わなくてもよくて、簡単でおいしいもの、もう一品。

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これは中華風冷奴。

干しむきエビを戻して適当にみじんに切り、ピーマンorキュウリも同じ位の大きさに切って、青ネギも小口切りにして、ぜんぶ合わせて豆腐の上にのっけて、ごま油とお醤油をかけるだけです。写真のヤツには干したホタテのほぐし身を戻したものも混ぜてます。

ザーサイをのせても美味しい。具だくさんのほうが美味しいけれど、具がない場合はただごま油とお醤油だけでもイケます。

これは、夫でさえ、定年退職後に一人で台所で作ってお酒のつまみにしてます。

ということで、暑さで思考能力が無くなって、請求どおりに出してくれるかもしれないので、毎日「1万円sign03」と、1品ずつ請求してます(前にそれでマンマと多額をせしめたことがあるので、ね。happy01

で、あまり買い出しに出なくてもいいような、その辺にあるもので毎日手抜き料理をしてますが、この季節、関西では夏バテにちょうどいいものがあります。

ハモ鍋です。

鍋って、熱いのですが、我が家では冬のお鍋のように目の前でするのではなく、台所で作って食卓へ運ぶので、そう暑苦しい感じはないのです。

ウナギなみに滋養があるし、簡単で、最後の雑炊まで美味しいので、先月の末から2回やりました。

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お出汁はうどんすきのお出汁と同じです。まあ薄めのうどん出汁みたいなものですね。

入れる物は玉葱(淡路島のがいいな~)とお豆腐、あれば水菜、えのきなど。

骨きりした生ハモが長いままの状態で売っていて、お値段お手頃ならばつい買ってしまいます。

これは一昨日の夜ので、近所のスーパーの特売でg298円、つかんだのは値札500円くらいのです。

その前にやった時は、近鉄百貨店の地下で580円だったので、もうわき目もふらずにカゴに入れました。

ま、どちらもハモじたい多い量ではありません、長さは25センチくらい、一本の半分の大きさです。他にも上のような簡単料理が2、3個並ぶ(この日は夫にはカツオのたたきもあった)から、メーンディッシュとしてほ~~っというのがちょっとあればいいのです(年寄りやし)。

家族の多い方、たくさん食べる若い方なら、もうすこし具の量を多くしたらいい。

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あまり暑いと外食に出るのもしんどい。

2013年5月19日 (日)

メガネの話

2週間前に新しいメガネを買いました。

私のメガネは、フチは新しくしても度を頑固にかえず、もう15年くらいも同じ度のレンズを使っておりました。

老眼が少し入ってきたころからコンタクトレンズを日常的に使うのがややこしくなり、メガネにしたのですが、検査して薦められるレンズの度にすると疲れることが多かったので、すこし緩めの度数のレンズを誰が何と言っても、変えずにきたのでした(レンズはもちろん新品にするのですが度数だけは変えずに作ってたということです)。

それが病気の後、大量投与されたステロイドの影響で白内障になり、どうも目が見えにくく、しかも老眼がよりきつくなってきたのか、近くも遠くもとにかくあまりよく見えなくて、(特に白内障が進んだ右目は近視も強く)そのせいだと思うのですが、右の肩から首筋にかけてのコリが半端ではなく、辛かったもので、白内障の手術をもししたら、その後で、その目に合せて度数も変えて遠近両用メガネというものでも作ってみようかな、と思っていたのでした。

しかし、白内障は手術の必要が今はない、という医者からの言葉に、では、と、メガネを今の目に合せて作ってもらうことにしました。

                      写真は作ってもらったメガネです。2本作ってもらいました。

Photo

                       ま、べつにどうということもない普通のメガネです。

上は4万ちょい、下のは1万8千円くらい。下のはパソコン用のです。

ところがこれが、どうということもない、ってんではなく、もうほんとうに嘘のようにありがたいlovelyメガネになりました。

実は検眼して判ったことなのですが、私の右目はド近視で白内障にもなっているという以外に、物がずれて見えていたんですshock

びっくりしました。

乱視とも違います。ネットで先ほど調べたら斜位と言うのだそうです。斜位とは

私たちは物を両目で見て焦点を合わせるのですが、たいていはどちらかの目が利き目になっていて、もう一つはほんのすこしずれているのだそうですが、詳しく検査をした結果、私の場合そのずれがすこし矯正したほうが良いほどずれていたんだそうでして…。

メガネ屋さん「今まで肩こりがたいへんではなかったですか。あるいは3Dの映画を見たら気持ち悪くなったりしませんでしたか」

はい。肩こりすごかったです。

3Dの映画は見たことがありませんが、そりゃあずれた目でずれた映像を見ると気持ちわるくなるでしょう、ねえ。

eye

で、今回は30%ほどそのずれをメガネで直してもらいました。

(100%合せる必要もなく、というか、かえって体が驚いてよくないというようなことで)。

+左目とのバランスで、右目だけ今までよりもすこし近視の度をUPしてもらいました。

そうしたら、まあ、どうでしょうheart02

かけたその日から、とっても楽、肩も首もぜんぜん楽~~~note

遠近両用メガネではなく、近視だけのメガネで充分OK。

うれしくてたまりません。

それで、最初は写真の上の1本だけ試しに作ったのですが、あまりの楽な状態に、始終見ているPC用に、もう一本、もう安くてもいいからと、1週間後に下のを買ったのでした。

下のPC用に作ったこのメガネは左目が度数が0、右目だけすこし近視のレンズを入れてバランスを取り、ずれの矯正とパソコンのライトを見ても疲れないような特殊なレンズにしました。

それも大正解sign03

今まではPCは裸眼で見ていて(老眼なので近くの物は裸眼の方が見やすかったので)、でかなり疲れてしまってたのですが、このメガネを買ってから、かけて見ると、なんでもよく見えて体の負担が軽くて、ほんとうにうれしい。

club

メガネでこんなに変わるものかと驚きです。

ところで、両目で見る視線のずれのことですが、それはもともとそうなっていたものが、若い時は、そのずれをずれとしないで見る事ができた、というのです。

私がこの数年非常に悩んできた見えにくさ、肩こりなどは、つまりは老化で、もう自分の力ではカバーできなくなったので、そうした形になってあらわれた、ということのようです。

そうなんや。ふ~~~ん。

でもメガネ新しく作ってよかったわ。

もう1本外出用のメガネ予備で買っとこー。

とにかくメガネは身体の一部だと思い知った出来事でした。

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