2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ

カテゴリー「文化・芸術」の2件の記事

2012年10月22日 (月)

先週のあれこれ

先週15日から17日まで、仕事で東京へ行ってきました。

最初の日は主催している賞へ協賛してくださっているANAの飛行機で羽田まで運んでいただき、その後は真っ直ぐにこれまた協賛くださっているアサヒビールさんへご挨拶とお願いに。

Photo

おかげさまで例年通り今年もご協賛くださることになりました。

吾妻橋を渡る時に、できあがったスカイツリーと恩あるビール会社の有名なビルとを記念に携帯で撮りました。

仕事の本番はその翌日でした。

こちらの方の詳細はまだ発表する段階ではないので内緒。

でも無事にめでたくお仕事終了。

で翌日の17日に飛行機で帰って来ました。

新幹線と違って飛行機は座っている時間が短いせいか、疲労が本当に少なくて済みます。

病人で、東京へなぞ行けるか? と夫など心配しておりましたが、なんのなんの、飛行機で快適に往復してこれました。

ANAさんほんとうにありがとうございました。

clover

今回は仕事だけでなく、友人とも3人会ってまいりましたよ。

いつ死ぬかわからんから、会いたいと思った時に会わなくてはいけませんもの。

ほんとそれは今年実際に死にかけてしみじみ思ったので。

実は他にも会いたい方がいて、連絡取ろうと思ったらメルアドが携帯に入っていなくて、連絡できませんでした。

M長くん、せっかく東京へ行ったのに、今年は連絡しなかったわ~。

ギリギリまでほんとうに行けるか分からなかった事もあって、行ってからと思ったらそういうことになっちまいましたwww。

来年会うべ。

clover

で、二日置いて、土曜日には薪能を見に行きました。

これ実は住んでいる市のなかで開催したもので、『高安薪能』。

Photo

能のワキと大鼓に「高安流」というのがあって、それはこの八尾の高安あたりに居住していて玉祖神社の祭祀にもかかわっていた氏族(=武将でもあった)がルーツなんだそうです。

八尾に住んでいるにもかかわらずなかなかそうした歴史ある文化を知ることも触れることも少ない市民のために数年前から企画しているものです。

私は北海道から結婚してここに来た時に「高安」という地名に、おや、もしかしたらあの伊勢物語の「筒井筒」に出てくる「高安の女」の土地か? と教科書で習ったお話の舞台がすぐそこにあったことに感動したのですが、この日はちょうどその話をベースにした能「井筒」をやったのです。

実際の舞台は撮影禁止でしたので、唯一の雰囲気が分かる写真は下記の火入れ式をした後の薪のあたりだけです。

Photo_3

まだ写真では日が暮れていませんが、これから暗くなりはじめ、仕舞「弱法師(これもこの土地を舞台にした俊徳丸の物語から出た舞)」「土蜘蛛」をした後、いよいよ能の「井筒」が演じられたのでした。

元の「筒井筒」というのは、大雑把には「隣に住み同じ井戸で背比べをしたり遊んだ男女がやがて結婚したものの、そのうち男は他に高安の里に女ができ頻繁に通うようになった。しかし妻はあまりいやな顔もしないで女の元へ行く男を見送るので、もしかしたら他に男がいるのかもしれないと怪しんである夜行ったふりをして密かに物陰で見ていると妻は夫が越える夜の山道が不安だと夫の身を案じる歌をうたっていたので、男の気持ちは妻に戻った。高安の女とは、なれてきたら品のない振る舞いもするし、気持ちが離れてしまった」というような内容のお話です。

でこの能の「井筒」はその夫婦が亡くなった後、ある旅の僧が在原寺にお参りに来て井戸を見てその話を思い出しているところ女が出てきて、実はその女は物語の妻の霊で、僧と昔語りをしていくうちに、夫への情が迫り、在原業平の衣を着て井戸に身を映し、その姿が夫と一体になっているという、そうしているうちに夜が明けて僧は夢から覚めるというような話になっています。

元の伊勢物語の妻の純愛がここでは怖い位深く女の念が残っている話になっています。だいたいに能は怨念や情が残った人間が霊魂となって現れる話が多いのです。どこか人の魂を鎮めるために作られたのかもしれません。

それで思ったのですが、ここは高安の里、高安の女の霊も鎮めてさしあげたい。

そういうストーリーがあってもいいかと思いました。

なにしろ伊勢物語の舞台となった地域、神立のあたりのお家では1000年を超えた今でも、在原業平が女をのぞき見し、手づから飯を盛っていたのを見て気持ちが引いたという「東側の窓」はそれ以来作られないというお話ですから。

(昔の良いお家のお嬢様は自ら飯を盛ったりなんかはしなかったのです。

*あ、これ10月26日の今日、原文を読みなおしましたら、男はのぞき見はしていません。二人の仲がなれていくうちに、手づからご飯をもったりするようになったと、つまり生活臭プンプンになったというだけのこと。窓から見たというのはいつの間にか作られた伝承ですね)。

高安の女の嘆きはいったいどのくらいのものだったでしょう。

clover

ということで、先週はいろいろあった一週間でした。

2012年9月14日 (金)

文学講座ご案内

9月27日に行うリーガロイヤルホテルでの講座のお知らせです。

2週間を切りましたので、こちらのブログでもUPいたします。
                                      
●文学講座
 林芙美子──その生涯と作品

日時:9月27日(木) 午後1時30分~3時30分
会場:リーガロイヤルホテル大阪  
         楓の間(ウエストウイング2階)
料金:4000円(お茶と鶴屋八幡の和菓子付 税サ込)
    なお、尾川の紹介と言ってくださった場合3800円になります
 

リーガロイヤルホテル大阪では6年前から、春と秋に私の文学講座をしています。
今年は春にこの林芙美子をする予定だったのですが、体調を崩したため秋に延期したのです。

 Photo_2
                                                                                        林芙美子は底辺に生きる女性の姿をリアルに綴った「放浪記」で人気を得、その後、女性作家の少なかった時代に、流行作家として旺盛な文学活動をした作家でした。

「放浪記」といえば、最近まで大女優が演じた舞台が有名ですが、原作は、ストーリーが続いた小説になっているのではなく、飛び飛びに日記形式で、夢を抱きながら日々の生活と恋とで苦労する都会に住む若い女性の姿を綴った作品になっているのです。

それは、あたかも現代の私たちが書くブログに似た感覚で、今読んでも充分面白く、またその文章は詩人になろうとしていた当時の彼女だけあって、研ぎ澄まされ、活き活きとして、とても魅力的です。

また彼女の人生と作品を語るのには、母親の奔放な人生から語らなければ分からないところがあります。

「放浪記」の虚と実、彼女の生涯と残した作品を、母親の代から遡って語ろうと思います。

よろしければお申し込みの上ご参加ください。

その他のカテゴリー