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2015年2月 9日 (月)

我が家の今昔物語⑥ニッカとシゲコさん

毎日NHKテレビ小説「マッサン」を楽しみに見ています。

というのも、ニッカウヰスキーと余市には懐かしい思い出があるのです。

私の短大時代のクラスメイトには余市から札幌まで一時間近くかけて通ってくるシゲコさんというとてもチャーミングな方がいました。

友達になって、そのうち何度か泊りがけで遊びに行ったり、彼女が泊まって行ったり。

彼女のお宅は、お父様が早くに亡くなり、お母様と弟さんと、父方のおばあ様が暮らしていました。

大きな立派な仏壇があって、禅宗だと話していたので、TVドラマに出てくるように彼女のご先祖ももしかしたら会津の武家だったのかもしれません。

余市はリンゴの名産地でしたが、ほかにサクランボでも有名で、彼女からお土産にサクランボをたくさんもらったうれしい記憶もあります。

「お母さんが、これは食べ過ぎたらお腹壊すよ、って」と言いながらずっしりと重い茶色い紙袋を渡してくれたから、あれはお母様からの差し入れだったのでしょうか。学生には贅沢な果物で、お腹壊すまで食べても構わない、と思いっきり食べました。

後にも先にもあんなに食べたのは初めてで、おいしかった~。

幸せな思いをしました。

heart01

ところで、私たちが就職先を探す頃、世の中は突如ドルショック、オイルショックで大変な経済状態になってしまいました。

それまでにない就職難、どこもかしこも新卒の採用は控え目、スチュワーデスの採用試験に通った友人などは半年間自宅待機で、その半年間アルバイトをしていました。

私は局アナを目指していたのですが、採用する人数が大幅に減り、最終の一つ手前まで進んだ局はあったものの落ち(その局は結局女子は1名しか採らなかった)、たまたま年末に公募があったラジオ番組のパーソナリティのオーディションにかろうじて次点で受かり、卒業とほぼ同時にその番組のパーソナリティの一人として仕事をはじめることができた、つまり首の皮一枚で繋がって仕事に就けたのでした。

そんな苦難の時代、余市のシゲコさんには、ニッカウヰスキーから「よろしければうちの会社はいかがでしょう」と声がかかって、いち早く就職が決まったのです。

シゲコさんのお母様に「お嬢様はそろそろ就職されるお年頃ではないですか。どこかお決まりですか。もし決まっていないのであれば、よろしければ」というお話があったというのです。

実はニッカウヰスキーの工場の土地の一部は、元はシゲコさんのお宅の土地だったのだそうで、ニッカはそこを買って、つまり譲っていただいた恩があるので、シゲコさんに声をかけてくださった。

その話を聞いた時、なんと義理堅いハートのある会社だろうと、私はニッカを見る目が変わりました。

彼女は美人で性格もいい子でした。

ニッカの工場の案内嬢になり、私は彼女の案内で2度ほど工場見学しました。

その当時は工場での試飲は飲み放題(笑)、とはいえ、そこでそんなに飲めるものでもなく、一度は研究室の研究スタッフも交え、近所の数軒しかない歓楽街?のどこか居酒屋かスナックかで飲んだ記憶があります。

club

私が結婚するすこし前に、彼女は前途有望なニッカの社員と結婚しました。

彼女のお相手は営業にいた人で、函館に異動したというので、私は結婚後、函館の実家に帰った時に一度彼女の住むアパートへ遊びに行きました。

彼女の作ったお昼をごちそうになり、それはイタリアのカチャトーラに似た鶏肉のトマト煮込みで、とても美味しかったのでレシピを聞いて、以来若干形は変わったものの我が家の定番メニューになった料理で、だからその料理を作ると、シゲコさんを思い出す私です。

しかし、年賀状をなんどかやり取りし、喪中で欠礼したこともあったりしているうちに、いつのまにか音信不通になってしまいました。

club

今、どうしているのでしょう、シゲコさん。

ドラマの「マッサン」では現在、余市を舞台に、マッサンにニッカの工場用地に自分の土地家屋を売った風間杜夫が演じる架空の森野熊虎が出ています。

どう思って見ていますか?

それから「御嬢さんの就職はお決まりですか?」と声をかけたのは、もしかしたらマッサン本人ではなかったでしょうか。

あの時、まだ竹鶴さんはご健在でした。

今、ドラマの影響で、工場見学は行列ができているのだそうで、案内嬢はさぞ忙しいことでしょう。

懐かしいな~。

シゲコさん。もう一度あなたに会いたいものです。

 

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我が家の今昔物語」カテゴリの記事

コメント

そうなんですか。「マッサン」は楽しく観ていますので、ユウコさんの『ご縁』は、ちょっとした感動をもって拝読しましたよ~!
北海道って、不思議な空間です。
もしかして、熊さん一家は本当にシゲコさんのご一家なのでは?
いつしか音信不通になった友達、なぜかそうなってしまったのですが、私にもいます。昨年、そのひとりと連絡が取れ、メル友として復活しています。
シゲコさんから連絡あるといいですね。

ribbon太郎の母さん
コメントありがとうございます。
北海道は不思議な空間ですか? そうかな、あはは。
(それでヘンテコな私のような人間ができたのでしょうか←ほかの人はマトモやし、これは当たってないな。うん)

熊さん一家はシゲコさんご一家ではないと思います。
熊さん一家はおそらく当時のニシン漁の盛衰を背景に、余市に住んでいた人の姿を集合させ、デフォルメさせて作られたものだと思います。
土地をニッカに提供したのもシゲコさんのお宅だけではない気がします。

シゲコさんの話は、ニッカがアサヒビールの傘下に入った時に、当時のアサヒビールの広報部長に話したことがありました。
昨年の表敬訪問の時も、TVドラマが始まっていたので、現在の部長さんにもお話ししました。
「探しだすことは可能だよ」とおっしゃってくださったのですがある意味、怖くて、お願いはしませんでした。
時間が経っても、お互いの環境が思っているままか、それ以上ならいいのですが…。
友情の記憶も、お互い同じ認識だったらいいのですが…。
色んなことがあるから、わざわざ大騒ぎして探し出してもらうのは怖くて。

もう15年以上前のことですが、私には高校時代何度も家に泊まりに来て私も何度も泊まりに行ったクラブ活動で一緒の友人がいて(彼女の家の間取りは今でも書けるくらい覚えています)、私は友人だと思っていたのに、再会を果たしたとき、
「えっ? 私と貴女が友達だった??」
と、面と向かって言われて衝撃を受けたことがありました。
小学時代に母を亡くし、高校卒業直前に父を亡くし、働いてお金を貯め、アメリカへ渡り、シングルママにもなり、持ち前の頭脳と上昇志向の精神を支えに並はずれた努力と苦労をしてきた人でした。
だから、私との生ぬるい友情の記憶は彼女の中ですっかり欠落してしまったのでしょう。
それだけの関係だったということでもありました。
でも私にはかなりの衝撃でしたね。
それがトラウマになっているのです。
同じショックは受けたくない。

でもシゲコさんには会いたいな~

こんにちは。
いいおお話ですね。
実はわが家も「マッサン」のファンです。
私も学生時代に余市出身の知人がおり、
ニッカ工場と余市のリンゴ(青森と一緒だあ~)の話は聞きかじっていました。
そして、今住む仙台にはニッカ仙台工場があり、何度か見学に行きました。
番組を見て、「きっと仙台も環境が理想に合致して選ばれたのかな」と。
工場も新川(にっかわ)というところにあるんですよ。
元々のニッカは、りんご汁を作っていた頃の「大日本果汁株式会社」からとった名前なんですね。ドラマを通して、歴史を紐解きながら時代を顧みるのは実に楽しいものです。
最後になりましたが、今回はユウコさんの今のお仕事に就く経緯も聞かせていただき、楽しく読ませていただきました。
シゲコさんにまた会えるといいですね。

ribbonあめぶるさん
ご訪問&コメ、ありがとうございます。
青森と余市はたしかにリンゴつながりですね。
そういえば、ドラマで熊虎の娘・ハナの見合い相手が「会津出身の青森のリンゴ農家の長男」ってありましたが、あれはおかしくないですか?
会津藩は維新後に下北半島の現在のむつ市あたりに斗南藩として移されて(余市へは別の一団が流罪のように行かされた)、藩士と家族たちは寒さと飢えで非常に苦しんだのですが、むつ市でリンゴという話はあまり聞きませんよね。
青森のリンゴは、津軽のリンゴでしょ。
津軽はお米も美味しい豊穣の土地というイメージです。

新川の話は、マッサンが工場地を探していた時見つけた川の水を飲んでおいしい!と喜んで、それで地元の人に名前を聞いたら「にっかわ」というんで、内緒で探しているのに自分たちがニッカだとバレタのかと一瞬ビックリしたけど、川の名前だというので、運命を感じたという話がありますよね。
以前にスポンサーから頂いたニッカの歴史を綴った本で読んだことがあります。
あめぶるさんはその工場に近いところに住んでいるのですね。
仙台は1度行ったことがあります。
作並温泉に泊まりました。

あ、今の仕事は、時々講座なんかで喋りますが、喋る仕事は足を洗い、書く仕事をしています。
というか、新人作家発掘のほうが今は中心になってます。ははは。

ユウコさん!!!
お久しゅうございますhappy01
さぶい日が続いておりますが体調崩されたりしておりませんか???
まっさんにそんな深いつながりがあるとは!!!
なんかとても素敵なお話ですね。
このドラマを通じてまた再開することができるといいですね!!!
あめさんも上で言ってますが仙台にはニッカウスキーありやす^-^
あめんちよりもうちの方がちぃぃっとばかし近いかも!!!
仙台におこしの際はアタシでよければご案内いたします!!!
この工場で食べた30数年物のブランデーをソフトクリームにかけて食べる!!!!
これ最高なんです!!!ぜひ一度お越しくださいませっ^-^

ribbonミキティ♪さん
おおお、おひさしぶり、ご訪問&コメありがとう。
ブログこの前呼んで、お嬢さんのその後の結果が、気になってましたよ。
どないやったんや?

そそそ、ドラマの「マッサン」がどえらく身近に感じますわ。
札幌のススキノはニッカの大きな看板があったし、ほんま、身びいきです。
仙台、もう一度行ってみたい。
その時はぜひミキティ案内よろしくですw。
でも、大阪にもおいでよ。
USJ一緒に行くべ。USJの初体験一緒にするべ。
(行ったことない私。ppp)
&大阪の美味しいものゴチするから。
happy01


こんにちは。 コメントはじめまして。
学生時代は、経験する事が新鮮で夢がどんどん膨らみ、特別な思い出ができたものです。
そんな素敵な思い出の中にいるシゲコさん
会えたらいいねcherry

dogイーグルボーイさん
初コメありがとうございます。
&友申もありがとうございます。
リアルで3月1日に大きなイベントを主催してまして、その準備でばたばたしていてお返事遅くなりました。
学生時代は利害関係がない対等な付き合いができるから、今思い返せばほんとの意味での友達ができた時期ですよね。
いつのまにかお互いの環境での関係が主になってしまって、切れてしまう、さびしいですが仕方のないことでもあります。
この頃になって、里心がついて、懐かしさがます私です。
会えたらいいです。

またコメよろしくです。
28日のうなじの例会はイベント前夜で東京から来られる来賓の接待もあってお休みしますが、今後ともよろしくです。m(__)m

ご無沙汰しております。
ひさしぶりに、ユウコさんの楽しいお話にどっぷりはまってしまいました。
私は、『マッサン』は観ておりませんが、その触りだけはわかりました。
それにからめたユウコさんのお話、なぜか私まで懐かしく思えました。
シゲコさんと会えたらいいですね。。。

ribbonおケイはん
ほんと、お久しぶりです。
ご訪問うれしいです。ありがとう。

その後、体調はいかがですか?
と、病人の私が言うのもなんですが、あはは。
わたしもおケイはんのブログ拝読しますね。
来週になったら、すこし余裕がでるからゆっくり読ませていただきます。
ではでは。
heart04

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