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2013年10月

2013年10月22日 (火)

夏の思ひ出 (3)函館・思い出ぶらぶら

途中まで書いたものの忙しくて放置しているうちに、秋もすっかり深くなって、夏の思い出どころでなくなってます。しかもまたもや函館へ行かねばならなくなったのでその前に、夏の分をあわててUP。

函館には避暑もかね1週間近く滞在しました。

札幌ではずっと別行動だった夫と、その間、一緒にうろうろしました。

泊まったホテルは五稜郭公園のすぐそばなので、部屋の掃除で部屋から出なくてはいけない間、公園内に最近復元したという箱館奉行所を見に行きました。

Photoこれが外観ですが、中もなかなかいい感じでした。

1864年に建ち、箱館戦争後の明治4年(1871年)には解体されてしまったという建物ですから、柱も畳も最後まで充分きれいだったんだろうな、と、復元されて日の浅い建物の新鮮な匂いを嗅ぎながら、当時もそうだったのだろうと空想しました。

当時のトイレもあんがい沢山あって、興味を引きましたし、使われている資材がなかなか立派な物で、細部は想像でと説明する方に伺いましたでしたが、すばらしい建物になっていました。

実はこの建物がある場所は、小学校時代ずっと運動会に使われていた所でした。

それを座敷から外の景色を眺め、ああこの景色だったな、と幕末から昭和の30年代へ、行ったり来たり時空を超えて、思いを深くしていました。

あの当時、函館の運動会では「足袋」をはいて走ったのです。

それから、見える景色の向こうにある松の林のあたりは、林間学校で使った場所でした。

松の林の間にシートを敷いて、お勉強というよりなにか楽しいことを色々やりました。

今何をしたのか思い出せないのですが、覚えているのはお昼寝したことかな。

林のなかで、お昼寝したのが気持ちよかったのです。

この五稜郭公園は通っていた函館東高校(現在は合併して市立函館高校に名前が変わった)の敷地からそのまま繋がっているので、学校の帰りもたまにこの公園をうろついたものでした。

とにかく、私の懐かしい思い出の場所ですね。

復元した奉行所のお向かいに休憩所があって、すこし一服しようかと近づいたら、奉行所珈琲というのが目につきました。

Photo_3 なんと、当時の豆を再現しました、とかかれているではありませんか。

え~~、そりゃ、飲まねばなりません。

300円とは安い!

で、入りました。

まあお値段がお値段だし、あんなものかな。

紙コップで淹れてくれて、味は微妙でした。

当時の珈琲が微妙な味だったのかもしれませんが。正直まずくはないけれど美味しくもなく、珈琲はたしかに珈琲でした。焙煎方法とか、豆のひき方、淹れ方(フィルターで淹れてたような気がするけど)、豆の産地はどこか、どのへんが当時の再現なのか教えて下さればよかったかも。(うるせえ客だな。ははは)

sun

sun

さて、五稜郭公園を思い出ぶらぶらした後、その夜に父と一緒にたべる夕飯の材料を調達するために、午後に中島廉売へ行きました。

実はこのあたりは私の子供の頃のもう一つの思い出の場所です。

ですから、再び思い出ぶらぶら中島町。

夏の思ひ出(1)でも書きましたが、Cさんと同じで、私は小学校の時に、中島町という住所にある中島小学校へ通っていた時期がありました。

住んでいたのは近くの松川町という所で、小学校は初めは八幡小学校だったのですが、突然学区が変わり、6年から1年間だけ中島小学校へ通うことになったのでした。

そこは中島廉売という大きな市場がすぐ近くにあって、近隣でもとくに安くて有名で、お店も露店からきちんとした店舗まで長く広く続いていて、ものごろつく頃から祖父母や母に連れられて行った馴染みの地域でもありました。

Cさんもお父さんの転勤で一時その近くに住み、小学校は3年ほど中島小学校だったということで、世代は違いますが、共通の話題ができ、特に親しくなったのです。

札幌で会った時に、「証拠に」と、ご自分の物はなかったけれどご兄弟の中島小学校何年何組と書かれた名札を持ってきてくださいました。

ということで、まずは廉売をざっと流して見て、目星をつけ、買うのは帰りにと、中島小学校へ行きました。

Photo_4実は廉売の方角から行ったので、裏口になる横の門を最初見て、そこもある程度立派な門だったし中島小学校と書いているので、てっきりそこが正門かと思い「昔はもっと校門大きかった」「私はたしか向こうの方から毎日入ったんだけれどね」とか言いながら、昔の記憶のあたりへ向かったら、最初に見た門の3倍くらい大きな門がありました。

「ああ、これだ、ここを通って毎日学校へきたのよ」

校舎は通っていた時よりは新しくなっている(しかしこれももう古いのだろうな)し、二宮金次郎の像も比較的新しく思えて(二宮金次郎をわざわざ新しく作ったのか?)と、ちょっとピンとこない(あたりまえです半世紀ほどズレてますから)、不思議な感じがしました。

sun

sun

ところで、その日はかなり暑い日で、夫にとってははっきり言って何の思い出もない場所ですから、かなり疲労し始めたようで、じゃあ休憩しようと、急遽近くの喫茶店に入りました。

そのお店がなかなかユニークなお店でした。「隗(かい)」というお店です。

Photo 単なる喫茶店かと思って、さしたる期待もなく入ったのですが、中は異文化の空間。

日本と中国の架け橋をしている日中友好協会の方がオーナーのようで、中国関係の書物と、飲み物も本格的な中国茶が種類も豊富にそろえていて、珍しいものがたくさんありました。

メニューには手作りの水餃子や饅頭もあって、思わず私は細く切った人参がたくさん詰まっている野菜のお饅頭を頼み、夫は水餃子を注文しました。

お値段も、良心的で、中国茶とともに、お腹も満ち、心も体も癒されました。

(夫はよほど気に入ったのか、翌日、私が友人と会っている間に再び行ってきました)

茶館「隗」http://www10.plala.or.jp/hakodatekai/page004.html

club

さて、一服した後で、もう一度中島廉売へ戻って、お買い物です。

まずは中島小学校の後輩Cさんの同級生だったお宅がやっている、有名な蒲鉾店で、私は具がいろいろ入っている蒲鉾を3種類買いました。これ、実家ではお酒のつまみにすぐ出せて、とても重宝しました。

    Photo Photo_2

どれもおいしかったですよ。

店内の写真は了承を得て写しました。

このあとは、廉売の大通から横に入った屋根のある「魚屋通り」で毛ガニを2ハイ買って、その夜に皆んなで食べました。

毛ガニ久しぶりで、めちゃ美味しかったheart04

note

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というような、この夏の函館の思い出ぶらぶらでした。

他に今回は長く滞在したので、高校時代の友人のT・能子さんとランチをし、夜にはI・佳代子さんに夕飯をご馳走になったりと、充実した日を過ごしました。

いつもは父の介護で実家に居続けて、誰とも会えずに帰ったりでしたが、こんなゆっくりした滞在はうれしかったですね。

もう北海道は寒いでしょうが…coldsweats02

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