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2012年10月22日 (月)

先週のあれこれ

先週15日から17日まで、仕事で東京へ行ってきました。

最初の日は主催している賞へ協賛してくださっているANAの飛行機で羽田まで運んでいただき、その後は真っ直ぐにこれまた協賛くださっているアサヒビールさんへご挨拶とお願いに。

Photo

おかげさまで例年通り今年もご協賛くださることになりました。

吾妻橋を渡る時に、できあがったスカイツリーと恩あるビール会社の有名なビルとを記念に携帯で撮りました。

仕事の本番はその翌日でした。

こちらの方の詳細はまだ発表する段階ではないので内緒。

でも無事にめでたくお仕事終了。

で翌日の17日に飛行機で帰って来ました。

新幹線と違って飛行機は座っている時間が短いせいか、疲労が本当に少なくて済みます。

病人で、東京へなぞ行けるか? と夫など心配しておりましたが、なんのなんの、飛行機で快適に往復してこれました。

ANAさんほんとうにありがとうございました。

clover

今回は仕事だけでなく、友人とも3人会ってまいりましたよ。

いつ死ぬかわからんから、会いたいと思った時に会わなくてはいけませんもの。

ほんとそれは今年実際に死にかけてしみじみ思ったので。

実は他にも会いたい方がいて、連絡取ろうと思ったらメルアドが携帯に入っていなくて、連絡できませんでした。

M長くん、せっかく東京へ行ったのに、今年は連絡しなかったわ~。

ギリギリまでほんとうに行けるか分からなかった事もあって、行ってからと思ったらそういうことになっちまいましたwww。

来年会うべ。

clover

で、二日置いて、土曜日には薪能を見に行きました。

これ実は住んでいる市のなかで開催したもので、『高安薪能』。

Photo

能のワキと大鼓に「高安流」というのがあって、それはこの八尾の高安あたりに居住していて玉祖神社の祭祀にもかかわっていた氏族(=武将でもあった)がルーツなんだそうです。

八尾に住んでいるにもかかわらずなかなかそうした歴史ある文化を知ることも触れることも少ない市民のために数年前から企画しているものです。

私は北海道から結婚してここに来た時に「高安」という地名に、おや、もしかしたらあの伊勢物語の「筒井筒」に出てくる「高安の女」の土地か? と教科書で習ったお話の舞台がすぐそこにあったことに感動したのですが、この日はちょうどその話をベースにした能「井筒」をやったのです。

実際の舞台は撮影禁止でしたので、唯一の雰囲気が分かる写真は下記の火入れ式をした後の薪のあたりだけです。

Photo_3

まだ写真では日が暮れていませんが、これから暗くなりはじめ、仕舞「弱法師(これもこの土地を舞台にした俊徳丸の物語から出た舞)」「土蜘蛛」をした後、いよいよ能の「井筒」が演じられたのでした。

元の「筒井筒」というのは、大雑把には「隣に住み同じ井戸で背比べをしたり遊んだ男女がやがて結婚したものの、そのうち男は他に高安の里に女ができ頻繁に通うようになった。しかし妻はあまりいやな顔もしないで女の元へ行く男を見送るので、もしかしたら他に男がいるのかもしれないと怪しんである夜行ったふりをして密かに物陰で見ていると妻は夫が越える夜の山道が不安だと夫の身を案じる歌をうたっていたので、男の気持ちは妻に戻った。高安の女とは、なれてきたら品のない振る舞いもするし、気持ちが離れてしまった」というような内容のお話です。

でこの能の「井筒」はその夫婦が亡くなった後、ある旅の僧が在原寺にお参りに来て井戸を見てその話を思い出しているところ女が出てきて、実はその女は物語の妻の霊で、僧と昔語りをしていくうちに、夫への情が迫り、在原業平の衣を着て井戸に身を映し、その姿が夫と一体になっているという、そうしているうちに夜が明けて僧は夢から覚めるというような話になっています。

元の伊勢物語の妻の純愛がここでは怖い位深く女の念が残っている話になっています。だいたいに能は怨念や情が残った人間が霊魂となって現れる話が多いのです。どこか人の魂を鎮めるために作られたのかもしれません。

それで思ったのですが、ここは高安の里、高安の女の霊も鎮めてさしあげたい。

そういうストーリーがあってもいいかと思いました。

なにしろ伊勢物語の舞台となった地域、神立のあたりのお家では1000年を超えた今でも、在原業平が女をのぞき見し、手づから飯を盛っていたのを見て気持ちが引いたという「東側の窓」はそれ以来作られないというお話ですから。

(昔の良いお家のお嬢様は自ら飯を盛ったりなんかはしなかったのです。

*あ、これ10月26日の今日、原文を読みなおしましたら、男はのぞき見はしていません。二人の仲がなれていくうちに、手づからご飯をもったりするようになったと、つまり生活臭プンプンになったというだけのこと。窓から見たというのはいつの間にか作られた伝承ですね)。

高安の女の嘆きはいったいどのくらいのものだったでしょう。

clover

ということで、先週はいろいろあった一週間でした。

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コメント

ユウコ様
楽しい一週間を過ごせたようで何よりでしたね。
リダからも連絡を頂きましたよ!!
私もおとといの月曜日、ある人と会って食事をしました。
楽しい素敵な時間でした!
そろそろ正倉院展の予定と、エル・グレコ展の予定を立てて
連れ合いと一緒に遊びに行きたいと思っています。
薪能生!!羨ましいですね。
以前東大寺でもちらっと見ました。寒かったけど・・・。
伊勢物語の筒井筒、私も好きなお話です。
女性の強さと怖さ、惨めさを教えられるけど、プライドもあるしな~~。
などと自分に引き寄せて読んでしまうお話ですね。

ribbonこごろうさん
コメントありがとうございます。
そう充実した一週間でした。
リダ&ももさんと。
とてもとても楽しかったです。
正倉院展楽しんできてください。

薪能、この時期でも夜になると寒かったですよ。
ホカロン持って、暖かい恰好をして行きました。
この催しには開催する神社近くの大阪経済法科大学がかなり協力していて、シンポジウムや行き帰りのバスも出してくださっていてありがたかったです。
ただ、「筒井筒」の元の話を知らないで参加した方がけっこういらしたようなので、こういう催しの時は元の話とお能になった時の話の違いや、しっかり見て欲しいところなど、ポイントの説明をすると、一般の方にはもっと分かりやすく楽しめたのではないかと私などは思いました。
「筒井筒」は、私は高校の教科書で習ったストーリーですが、教科書によっては習っていない方もいますし、もうすっかり忘れている方もいらっしゃるし、能はまた違うところにポイントを合わせた話になっているでしょ。
あの地味な夫の形見の男の衣装を上から着こんで、夫と一体となって舞い、井戸に我が身を映して夫の面影を懐かしむ、しかも女はすでに老いている、なんていうクライマックス、怖いくらいの情念です。それが、観る方の各々の気持ちの違いで感想ももう少し深いものになるかと思うんです。
せっかくお能のような古典芸能を、地元のあまりそうしたことに触れる機会のない人が見に来て、まちの歴史と文化を再認識しようという、町おこしとしての企画のようですから、「日本語を言っているとも思えず、何をしているのかも、よくわからなかった」という感想がでたりするのは、もったいないな、と。


こんにちわ(*^-^)
能という伝統芸能?は、歌舞伎より古い芸で
主に、ユウコさんがお話した通り、男と女の情念を
描いた作品が主流だとテレビで見たことがあります。
ずいぶん前の見たので忘れてしまっていましたが
こうやって、どんな物語かユウコさんが書いてくれたので
興味シンシンに何度も読み返し、コメントしましたsweat01
そんな、高貴な女性がいたものですね。
でも、亭主が違う女のもとに通うのを、嫌な顔をするどころか
身を案じて祈りをささげるなんて、わたしは素敵な話しだなと思いました。
1000年経った今でも、東側の窓を作らない・・・
女が飯をよそっては、品がないのか・・・
おもしろいお話です。
どこの土地でも、古き良きお話というものはあるものですね。

関東に来ていらしたのですねairplane
伊丹か羽田までなら、飛行機ならすぐですね。
うちは、羽田からなんと電車で2時間半くらいかかりますtrainsweat01

ribbonみかんさん
コメントありがとうございます。

この高安の女の話「手づから」というのを「手づかみで」と間違えて解釈されていることもあるのでよけいに可哀相に思います。
平安時代は女が長い髪が家事の邪魔になるからと耳に挟むことも「耳はさみ」といって品のないこととされてもいたんです。家事や子育てで忙しく家を守っていても、お育ちの良い素敵な奥様はあくまでおっとり美しくあるべきという男の理想だったようで。
飯を盛るのは飯盛り女というか下女のすることで、多くの人にかしずかれて暮らすような豊かなお家のお嬢様がされることではなかったのでしょう。

みかんさん家から羽田までは2時間半ですか。
家からでも伊丹までは電車とバスの乗継があって1時間半はかかりますよ。午後1時の飛行機に乗るのに家を出たのは余裕を見て朝の10時半です。
でも飛行機は疲労が全然違うのがうれしいです。

ユウコさん、来てらしたんですねshine
羽田まで・・・まあ、行かれますよ~♪残念です。。。年齢不詳のすーとしては・・・happy01

素敵な1週間で何よりでしたね。お体は無理のないように。。。happy02

ユウコさん こんばんは
東京まで行ってこられたのですね。
いろんな人にも会ってきたとのこと。
すっかり元気になられましたね。

大阪に住んでいますが、
あの「筒井筒」のゆかりの地があるとは知りませんでした。

このお話大好きだったんです。

歌のやりとりが素敵なんですよね。
「筒井筒」の仲の2人が結ばれるっていいなあ・・・なんて
憧れていました。
自分は転校ばかりしていたので、幼なじみがいなくてcoldsweats01

でも、「高安の女」から見ると、かわいそうなお話ですよね。
今だったら、「それぐらいいいいやーん!」なんて
言ってしまいそうな出来事なんですけど、
それだと、物語は成立しないですもんね(笑)

ribbonすーさん
コメントありがとうございますheart01
じゃあ、この次に、ぜひ!
この頃のヒロバのかんじで、おおっぴらに集合は無理なのでお誘いしなくてごめんなさい。
定宿は東陽町にあるんですよ。

そうあまり無理のできない身体だと今日も思い知った私でしたよ。
今日、2時40分に回収に来る郵便ポストに間に合うよう、急いで重要文書を4通作って、投函したあとで、すこし頭がふ~~っとしましたshock
やっぱり血が足りないから…。
気を付けますね。
ではまたnote

ribbonむくむくさん
こんばんはnote
「筒井筒」は女性なら印象に残るお話ですよね~。
私も印象強く残っていて、だから結婚して八尾に来た時に、高安という駅名を見て、すぐにあの話を思い出したのですよ。
実際の物語の舞台は、近鉄電車の高安駅周辺ではなく、もっと山の麓、玉祖神社のあたりの神立という集落一帯のようです。
むくむくさんが以前家族で行かれた心合寺山古墳からまっすぐ東に山の方へ向かって行ったあたりですよ。
周辺ではこの地域の茶店の娘という伝承がありますが、それはちょっとありえないかと思います。
茶店って、いつの時代からある物やねん、ってことですわ。
(お茶自体、一般の人々が飲まれるようになるのはもっともーっと後の時代です)

じつはよくよく筒井筒を読むと、幼馴染の妻は親が死んで頼れる者が亡くなり落ちぶれてしまったので、男はこれではどうにかせねばならないと思っているうちに高安の女と出会って通うようになった、という話なんですよ。
つまり高安の女の家は裕福だったのです。
それで男はまずまず満足して通っていたということになります。
裕福だったので、その家では男をたいそうもてなしたのではないでしょうか。
この時代は夫の装束なども女の家が作ってあげたりしたようですから、男もその高安の女のおかげで世間体をも確保できたと私などは思うのです。
そう思えば、幼馴染の妻としても夫が高安へ行くのを責められないものがあるかもしれません。

このお話、高安の女が現代に登場して言いたい放題言ったら、さぞ面白かろうと思います。
「なによ色々尽くしてきたのにさ」「金が目当てと割り切ってそれなりに付き合ってりゃいいのに…、エレガントではないなんて、どうせ庶民的で生活臭ぷんぷんの女よ。悪かったわね。でも奥さんだって、落ちぶれて生活が成り立たなくなって、召し使う人の人もいなくなったら、ご飯くらい自らよそうわよ。今のご時世なら働き者のいい女ってことになるのに、さ。やってられないわ。ばかばかしい」なんてね
happy01

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