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2012年8月27日 (月)

講座は無事終了

この23日に久しぶりに講座をしてきました。

マスクを取って100人近くの人前で話すのは退院以来初めてです。

電車に乗って大阪駅からまだ遠くの兵庫県川西市まで行ったのも、退院以来初めてです。

でもおかげさまで無事に終了しました。

およそ半年ぶりに人前でお話ししたのですが、それが楽しくて、私ってどんだけおしゃべりな人間なんだい、と思いました。

講演中はマスクなしでしたが、その後も体調に特別な変化もなく、心地よい疲労感。

何事もなく、よかったgood

タイトルは、大河ドラマ考察「平清盛」、です。

場所は川西市多田公民館で、ここではもう8、9年くらい前から年に一度講座をしています。

ここから一番最初に呼ばれた時には「戦国意外史──女城主と女鉄砲隊」というタイトルで、江戸時代より前の女性の権利や相続の話を交えて、戦国時代を背景にしたTVドラマではほとんど触れることのない、女の殿様がいたとか、実戦で戦った女性たちの話をしたのでした。

それが縁で、毎年呼ばれるようになったのですが、その次からはNHK大河ドラマに即した内容で、ドラマで描かれているストーリーと史実(といわれるもの)の違いを話してほしいということで今まで来ております。

で、今回の平清盛ですが、会場のある多田というのは多田源氏の本拠地です。

公民館のすぐ近くには武士の源氏の祖ともいうべく源満仲(この人がこの多田に住み、多くの郎党を養って武士集団を結成した。このあたりの山からは銀や銅など豊かな鉱物資源があっり潤沢な財源になった)を祀る多田神社もあるような地域で、今回のようなドラマには一家言ありそうな方々が揃っておいでのところです。

さあ、おもしろい。

あの大河をみなさんどのようにご覧になっているのか。

私、冒頭に、某知事の「映像が暗い、汚い」発言とNHKの「史実を再現している」と回答したその話題から話を始めました。

(ここから下は自分でも思いもかけず長くなりましたcoldsweats01 ので、興味のない方はスルーしてくださいませ m(_ _)m )

clover

平安時代はきらびやかで派手な貴族の生活があったことは確かです。しかし都の中であっても一歩外に出たら、あの映像のように飢えて汚い姿の人々がいたことも確かです。

ただ一番問題なのは、そのような襤褸をまとった人々のなかに若き清盛がいたかどうか、なのです。

その部分は、ドラマを面白くするために作った虚構で、違うと私は思います。

また清盛の父、忠盛の姿なども史実よりも数段落ちる描かれ方をしているように思います。

水銀や真珠や豊かな海産物の採れる伊勢で勢力を拡大してきた彼らは、身分こそは低かったものの、清盛の祖父・正盛の代ころにはそんなに貧乏ではありませんでした。

中央政権に近づきたいがために知恵者であった正盛は白河院に持っていた所領を贈り、その覚えめでたく白河院に取り立てられ、院をガードすべく、北面に常駐する「北面の武士」として仕え、その流れで白河院が晩年に寵愛した祇園女御をもガードし、彼らの信頼を篤く受けます。

白河院と祇園女御の寵臣として、正盛もその子の忠盛も、おかげで受領としてわりに豊かな国へ任官され、ますます富を蓄えていくのです。忠盛の代には私的に宋との交易もし、さらに財を増やしました。

交易では珍しい品物が入手できたので、折にふれ皇室や貴族たちへの贈答品として使い、気難しい上級貴族たちとの付き合いで役にたったと想像するのはやぶさかではありません。

身分の差のはっきりしていた当時、身分は上級貴族とは比べものにならないものの、人もうらやむ巨万の富を得た人と言われたのが清盛の父・忠盛でした。

ですから、華美ではなかったとはいえ忠盛の邸宅や妻の宗子の衣装など、もうすこしきらびやかであってもおかしくなかったと私は思います。しかも宗子は皇位を継いでもおかしくなかった崇徳天皇の第一皇子・重仁親王の乳母をつとめた人物、当時の宮廷の女性たちともつながりが密にあって、彼女の人脈と社交術で忠盛を助けたといわれますから、それなりの美しい衣装を着ていたのではないかと私は思いますがね~。

そして肝心の清盛ですが、出生に怨念とか奇妙な話を入れて、出生の秘密に悩み、また継母・宗子の愛情に対してすこしいじけたような少年期の清盛像にする必要があったか。

まあこれは作者がその方が面白いと思ったからなんでしょうが、当時ならば、このクラスの子には必ず乳母が付きます。

伊豆に流された頼朝には3人の乳母がいました。

清盛にも同じくらいの数の乳母がいてもおかしくはないのです。

乳母とは実際に乳を与えるだけでなく、養育までもして、その関係は乳母一族も含んだ特別深いものになります。

つまり、実母が早くに亡くなったとしても、実母のように護り育ててくれた一族がいて、その人々に大切に育てられたのが実際の清盛のはずなのです。しかも祇園女御のささえが少なからずあったのは間違いないようだし…。

ではどうしてドラマのような少年期を送ることにして、しかもNHKが「史実にちかい」発言ができたのか、というと(くどいですが今昔物語に出てくるような、追剥ぎや浮浪者が都にいたことは確かでしょうが)、この場合は後の時代に成立したフィクションの「平家物語」に原因があるのです。

「平家物語」では鹿ケ谷の陰謀がすっかりばれてしまうのは、僧の西光が捕まった際、清盛を罵り、その言葉に激怒した清盛が、怒りのあまり、彼をすぐに殺すような楽な死に目にはあわさず、何日もキツイ拷問をしたので、西光がとうとう口を割って全部ばらしてしまった、ということになるのですが、その清盛が激怒し最初は言葉も出なかったという西光のセリフが、

「御辺は、故刑部卿忠盛の子でおはせしかども、十四五までは出仕もし給わず、故中御門籐中納言家成卿の辺に立ち入給しをば、京童部は高平太とこそ言ひか」

なのです。

あんたは14、5歳までは仕事もしないで、藤原家成卿の家に出入りしていて、京都のガキどもに高平太(高下駄をはいた平家の長男)と噂されていた、というような意味です。

その後も、ちょいと海賊をやっつけたもので成り上がったとか、父親の忠盛の悪口までも言い募るので、清盛は怒り心頭に達したということになっています。

さて、このセリフに出てくる藤原家成卿とは、身分的には摂関家、清華家などには劣るものの当時院政をしいていた鳥羽上皇の一番の寵臣で、飛ぶ鳥を落とす勢いのあった人物です。

家成のイトコが鳥羽上皇の寵妃(産んだ子が皇位を継いだので国母として鳥羽院の皇后に)美福門院得子、さらに清盛の継母・宗子も家成のイトコです。

平家物語の本の中には、「位も冠ももらえないままだったのでかわいそうに思った宗子がすすめて家成のところに出入りしていた」と、もうすこし細かい話が付け加わっているものもあるようです。

つまり、若い頃の清盛は、ドラマのような野良犬みたいに町の浮浪児たちとうろついていたのではなく、時の権力の中枢で活躍していた藤原家成の邸宅を出入りしていたのであって、しかも14、5まで出仕もしなかったわけではなく、実際は12歳の若さで公卿の嫡男のスタートと同クラスの従5位下左兵衛佐に叙任され、当時の人々の耳目をおどろかしたと、貴族の日記に書かれているのです。

平家物語は史実を取り入れながら面白く作られたフィクションです。

今ではこの部分、鹿ケ谷の陰謀さえ、むしろ当時ややこしかった後白河院の勢力をそぐために院の近臣を排除しようと清盛がでっちあげた事件ではないかという研究者もいるほどです。

clover

わ~、えらく長く書いてしまったわ~

(こんなはずではなかった。ははは。でもまだ言い足りない…think

継母・宗子が頼朝の助命嘆願した実際の背景。

それとかかわる頼朝の母方の実家・熱田神宮大宮司家の話。

それから、驚くことにドラマでは祇園女御と傀儡女・乙前とが同一人物として登場(松田聖子の役ね、これなどホンマありえへんお話)

など、など。

まあ、そうしたドラマや物語と今わかっている史実との違い、研究者などの推理などを中心にお話してきたのでした。

clover

基本、ドラマは歴史の勉強ではないので、面白く楽しめたらどんなふうに描かれてもいいと思います。

水戸黄門がハワイへ行ったというようなありえない内容でも、そのドラマを見ている時間、人の心を魅了して、ああよかったと喜んでもらったら、それでいいと思います。

ただ、もし興味があって、機会があったら、それがどう史実(と学者や研究者にいわれていること)と違うのか知ることも楽しいと思います。

私はそもそもそんな立ち位置、視点から今まで物語を調べてきて、そうしたところからいつも話をしています。

ともかく、久しぶりに仕事した~、と実感して帰宅しました。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

ユウコさん、お疲れ様でしたhappy01
大分復帰の線がはっきりしてきたようで何よりです。
数値もこのまま上向きになるといいですねsign01
しかし、かんとくんが言ってましたよ。
「マシンガントーク」って。
うふふ。私も同感です。
どうぞもっと元気になってもっとおしゃべりしてくださいねsign03

ribbonこごろうさん
マシンガントーク、そのとおり!
喋らせたら一番機嫌よくしゃべり続ける私。
(上沼恵美子か黒柳徹子か)
さすがかんとくん見抜いてますね。
(って誰でもすぐにわかるよね。ははは)
もっともっと喋られるように元気になりたいものです。
コメントさっそくありがとうございましたnote

すげー長文ブログ・・・^^;
話せる、しゃべれるというのは元気の証!
おっつーでした

ユウコさんのお話、生で聴いてみたいものですね~。
人前でお話を人を惹きつけてするというのはとても大変なことのように感じる私は
ユウコさんのその才能がキラキラ輝いてみえますわ~。
きっと面白い時代考察なんでしょう。大河ドラマ「平清盛」は私にとってイマイチ
盛り上がりには欠けてしまい、脱落した組です(^^;
よく時代劇を見ていて思うのは本当の平安時代とか、戦国時代とかにワープして
行けたらきっと日本人といっても、かなり現代人と違う大きさ・顔形なんだろうなぁ、とか
話している言葉も現在の日本語とはかけ離れてて通じないんだろうなぁ、とかです。
でも、たとえば近いところで江戸時代の町民の暮らしとか1週間ぐらい体験してみたい。

好きなお仕事ができるとアドレナリンも上昇して、つられて白血球や赤血球も一緒に
増えてたりして・・(^^)b

soccerかんとくんさん
コメントありがとうございます。
はい、マシンガントークというかマシンガンタッチのユウコです。
喋っているときはものすごく元気そうに見えるのです。
だから無菌室に来た数少ない友人も「おもったより元気だった」って言ってました。
無口の時は、よっぽど辛い時なんだわ、きっと…。
ははは。
これからもよろしくです
m(_ _)m

ribbonエミーユさん
私も今年の大河は2月から脱落組です。
8月の今回の講座のために、しかたなく3週間前からもう一度eye見ました。
で、たぶん、講座が終わったので、もう見ませんshock

たしかにエミーユさんが言われるように、その時代にタイムトリップができたら行ってみたい気はしますよね。
でもほんとうに言葉がわからないでしょうね。
発音も変わってしまっていますし、言葉遣いなんかも違うでしょうし…。
戦国時代に日本へ来て信長などに実際に会いその当時の日本の様子や武将たちの様子をルイス・フロイスという人物が書き残したものがあります。
「ルイスフロイスの日本史」といわれるもので、日本語に訳したものが家にあります。
元は当然ながら日本語の発音をローマ字で綴っているのですが、その違いの代表的なところでは今の「はひふへほ」は「ふぁふぃふふぇふぉ」。
でそれは、古代では「ぱぴぷぺぽ」にちかかったのではとも言われています。
だから「母」は「ぱぱ」だったなんてことですよ
(ただし今のパパとは少し違って、ふぁふぁとぱぱの中間くらいかもですね)

また日本語のひらがなの「を」とか「ゑ」も江戸時代までははっきり現在の「お」と「え」とは違って発音されていたと言われています。
で、実際に九州とか四国の田舎のかなり高齢者はまだその違いをきちんといえる人がいる(絶滅しかけていますが)のです。
私の講座の受講者でもかつて言える方がおられ、皆さんの前で違いを実際に発音してくださいました。

ですから、タイムマシンで行ったとしたら、しばらくは何を言っているのかわかりにくく、方言のきつい人たちのどまんなかにたった一人入ったような状態になるのでしょうね。
想像すると面白いですnote


shine尊敬ですshine

高校で日本史をとっていないので、中学生までの歴史しか(とにかく、わかんないの~@@;)なので、すごいflair
旅行にいっても、お城をみても ??? で、お楽しみがもったいなく思ってる人生ですweep 尊敬です~。

ユウコさんの講義を、実際に聴いてみたいです。いつか、聴けるかな~・・・そうして、テレビも違うほうから見るといいですよね~。
ユウコさんのマシンガントークに撃たれてみたーい catface

ribbonすーさん
ご訪問&コメントありがとうございます。
お調子者ですから、のせないでくださいね。
(尊敬とか、禁句ですぜ)

すーさんは歴史にはあまり興味がなかったのですか。
でも理科系が得意のような感じをウナジーズのしりとりで受けました。
私はむしろ理科系が超苦手。
とくに化学、物理、アカンな~。
あと計算も、もう脳みそが退化しているのかできなくなっているから、お店での会計など言われるままにお金出しています。
それでも何とかなりますから、世の中は、それでいいかな、お互いに、ね。
楽しければhappy01
いつかお目にかかれたらいいですね。

平清盛の講座、盛り上がったでしょうねw
大河を見てるので、興味津々・・・
(うちは内容とかでなく照明のあて方で感心してたりしますがw)
私も日本史を取らなかったので、今更のように色々と無知の無を実感・・・
これから知る楽しみがあると思えばいいかな、と思っていますが;

体調も安定してるようで、安心しました♪
でも無理はしないで下さいね、まだ暑いようですし。

ribbonひなたんさん
コメントありがとうございますheart01
ひなたんは大河を見ているのですね。
そういえば平清盛は伊勢平氏ですから地元ですもんね。
源平に題材を取ったドラマでも、触れられることはあまりありませんが、今回私がちらっと書いたように、源氏は多田銀山を資金源にできたから大きくなったし、平氏も伊勢の水銀(水銀朱=丹=古代から黄金に匹敵するほどの価値・特に日宋交易で重要な品物だった)を資金源にしていたのです。
源氏が東国の乱にかかわっていって、一派が東国に根をはったのも、多田銀山で味を占めたので、陸奥の黄金をなんとか手に入れようとしたという説もあるくらいです。
あんがい経済力があったのですよ。

まあドラマはたのしめたらいいから、ね。
松田聖子の乙前(後白河の前に登場した時は実際は70歳だったんだぜ、それが先日のドラマでは五節の舞姫としてセンターとって踊って歌っていたね)には驚きましたが。
あははは。
またご訪問ください。
 m(_ _)m

喋る、喋れる、つまり何かについて語れる、しかも整然と長く。
それは、すばらしい才能だと思います。
電話で話していても、ユウコさんの能弁はわかります。
回転が速いし、的確な言葉を使われる。
私はいつも、この人頭いい! と感じます。
大河ドラマは、今回は観ていませんので、なんともいえませんが、次の新島八重さんのドラマは観ようと思っています。
あの枠のドラマは、当たり外れ(私的にですが)ある。
最近のドラマは、総じて脚本がむごい(ひどいの上)ので、よほどキャスティングに惹かれないと観ようとは思わないのですわ~☆
なにはともあれ、お仕事復帰よかった。

ribbon太郎の母さん
お褒めにあずかり、非常に照れ臭いです。
ありがとうございます。

昨年も今年も脚本がほんとうにどうかと思いますよね。
「むごい(ひどいの上)」、のでしたか。
今年は脚本家は視聴率第一の局に振り回されているような気がします。
それからオリジナリティという部分、吉川英治の「新・平家物語」の影響からも自由になっていないし、建春門院滋子のあのくせ毛強調するなどあれ受け狙いでしょうが、結局受けもしないでどうかと思うような、必要のないいらんこをして、どんどん視聴者から離れているような気がします。
一生懸命な役者可哀相な感じです。

来年に期待ですか。ははは。

多田に来てはったんや・・しししししらんかった~~(笑)

ワタシも乙前には笑ってしまいました。このとき75歳のはず!
いくら乙前がカリスマシンガーといっても・・聖子はないやろ。あのWキャストでワケがわかってる人がどれくらいいるのやら・・

あと、藤原家成が平氏をバックアップしていったのは、忠盛という人物を見ていただけでなく、池殿の存在が大きいだろうし、家成そのものが、藤原摂関家の中で、浮いた存在だったともいわれますね。
この人の口利きナシで平氏は冠位が上がっていったのに、ドラマでは全くでてこない。
バカタレ成親を重盛がなぜにかばって、かばって庇いぬいたか、そこらの背景もおもしろい

面白いところ、NHKはみんなカットしてます。
西光が突然「上り詰めた」状態で出てくる。描き方が乱暴すぎます。

(何かワタシ、今ごっつ、テンションあがってます)

当初、清盛の死で終るはずだったのが脚本が変わったらしいです。
西行法師が前に出てくるって某筋の情報です。

おじゃましました。

ゆうこさん。元気になったら、江口の里(何も無いけど)とか野崎観音とか行きませんか。
時雨西行を追って・・

ribbonおたまさん
ま~、うれしいheart01 コメントありがとうございます。
ほんまに乙前にはびっくりしたよ。
それに乙前は傀儡女で、傀儡女は舞はしないと思うのですがね、おたまさん、どう思います?
遊女と傀儡女、白拍子、このあたりが微妙なのですが、乙前は子供の頃に源清経(西行の母方の祖父で今様には非常に明るい人物)に見込みがあると見いだされて自分の愛人だった傀儡女で今様の名手・目井の養女にして修業させたという経歴のはっきりした女性でしょ。
それも後白河院が書いた梁塵秘抄に書かれているのだから信頼できる。
もう、ね~~。

ところで、私、西行と遊女・妙のことを実はロイヤルの講座で2年か3年前にやってました。
その講座の後で書いたものがありますのでよろしければご覧ください
「西行と妙」 http://haretaraiine156.blog40.fc2.com/blog-entry-50.html
ついでに「西行の祖父」というのも http://haretaraiine156.blog40.fc2.com/blog-entry-52.html

&、ぜひ今度おたまさんと一緒におススメのコースを歩いてみたいです。その時はおたまさんがリードしてくださいね。
よろしくお願いいたします。
ペコリ 

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