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2011年12月20日 (火)

我が家の今昔物語④ 濡れ衣

今は昔。私の記憶が残っている、始めの頃のお話。

ところで、人はいったい何歳くらいから記憶を持つのであろうか。

「物心つく」とはよく言うが、人は幼い時から、「何か」は思っているものであろう。

好き嫌い、イヤイヤをする頃から、確かに意志は持っているはずである。

それが大人になって、「思い出」「記憶」ということで振り返ると、とてもあいまいで、2歳や3歳の時のことなど、脳が未熟だったためか、あるいはそれほど強烈なできごとがなかったためか、私はまるで覚えていない。

私の一番古い記憶は、4歳の頃のものである。

日にちははっきりしている。昭和33年1月20日、一番下の弟の誕生日だ。

弟が生まれるというので、母の実家に私が預けられた時のことなのだ。

その記憶が明確に私の幼児期の記憶として残っている。

母の実家は、当時は函館の隣にある亀田町(40年ほどまえに合併して函館市になった)にあるわりと大きな農家であった。

家に行くと、とにかく敷地の入口部分にプールのように大きな(子供にはそう見えた)肥溜めがあって臭かった。臭気もそうだが大きさに圧倒されて、ぜったいに落ちてはいけない、近づいてはいけないと誰に教えられたものでもないのに、そう思っていた。

ともかく、まず、の歓迎が肥溜めの匂いで、そしてまたその近くに屋外のトイレがあって、これまた横に牛小屋があった。

母屋には馬小屋もくっついていて、動物の匂いと糞尿の匂いが、微妙に周囲にただよう家なのであった(こういう家は当時の農家では普通である)。

ところで、母の実家には、ジジちゃんとババちゃん(母の両親)と、同居している母の兄夫婦がいて、その子供(イトコ)も当時は4人いた。

臭いに慣れてさえしまえば、その家はたのしいところだった。私より年上の姉妹が3人もいて、女1人で育っている私には何くれとなくかまってくれる姉さんたちの存在がうれしかったし、いつも賑やかでうらやましかった。

ただし、こういう心情は今回の「記憶」のなかのベースにあるもので、当時の意識として、はっきりとしたものではない。後でもっと年がたつほどそれが楽しみになったのだ。

さて、その家に一晩預けられた私のことである。

母方の祖父母に可愛がられ、お客様のようにされ、大勢のイトコに囲まれて、幸せな一晩を過ごしたのであるが、どっこい、翌朝、突然、私は耳を疑う言葉で目が覚めた。

「ユウコがおねしょをした」というのである。

は~????

意味が分からなかった。

まったく。

どうして。

何が起きたのか。

覗き込む伯母の顔があった。

「な~に、ユッコ、おねしょしたんだかー」と笑っていた。

イトコ達の顔もあった。

「ユッコがおねしょした」

みんなで大騒ぎである。

はっきり言うが、これは濡れ衣だ。

私の寝ていた布団が濡れていて、私が犯人だとされたのである。

自分が置かれた状況が判ると、私は必死で抗議した。

「違う! 違う! 違う!」

ちなみに言うが、私の産まれた実家=我が家では、私は“おねしょはしない子”だった。

そこのところに特別プライドを持っていた。4歳なりに。

我が家では、同居する父方の祖父母に褒められて、調子にのって(とにかく幼い時からお調子者で褒められれば木にも上るほどのおっちょこちょいである。だから)、ますますりっぱな「おねしょのしない子」のイメージを壊すまいと子供ながらに思っていた。

かなりのプライドだった。おもらしもしない、「お尻の堅い子」だと我が家ではそう通っていた。

それが覚えもないおねしょの嫌疑をいきなりかけられたのである。

憤懣やるかたない。その気持ちは未だにはっきりと覚えている。

さて、しかし、たしかに私の寝ていたシーツは濡れていた。だが、くどいようだが、私ではない。必死で違うと泣きながら訴えたのだが、「いいさいいさ」で片づけられた。

イトコの中の5歳上のリョーコが、どれどれ、と私の下着に手を当てて、

「あれ、でも、おかしい、パンツは濡れていないよ」

と言ってくれた。

でも伯母には問題にされなかった。

まあ、おねしょは誰かがしたことに間違いはないのだし、それが私であろうが、イトコの誰かであろうが、同じようなものなのだ、大人には。

無念であった。

ほんまの濡れ衣である。

私は、しつこい性格なのか、この時のおねしょ濡れ衣事件は未だに忘れていない。

あの時布団をたくさん並べて大勢で寝た。子供は二人か三人が同じ布団で寝ていたのである。犯人は私が起きる前に起きて、私のところに濡れたシーツを押し付けたのかと思う。なんだか、おかしなことは他にもあったのに、私がおねしょをしたということで、笑っておさまったのである。

私の記憶の最初に、こんな話があった。

今は昔、大昔。

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我が家の今昔物語」カテゴリの記事

コメント

「お尻の堅い子」って賢そうでいいですね。
おふざけも悪さもしないいい子って感じがします。
4歳だけに悔しさも人一倍、それは忘れられない記憶でしょう。
ちなみにうちの坊は5歳ですが、いまだに夜は紙パンツでないと
布団を濡らします。「お尻のゆるーい子」ですsweat02

エミーユさん! コメありがとうございます。
「おふざけも悪さも」する子です。
お調子者なので。 それから「口から先に生まれた子」とも言われておりました。^^;
口は堅くなく、ゆるいのです。
(あ、やば、自分で言ってもた)
でもオバサンになってからは、秘密はちゃんと守ります。口チャックもできますsign03

ふう〜む、4歳、濡れ衣の記憶…濡れ衣を着せられたからの、記憶!
立派な記憶です〜☆

私なんぞ、幼いころの記憶なんて、ない。
というか、ものすごく空想癖(妄想)の強い子だったもんで、どれが実際の記憶なのか、空想上のことだったのか、
さっぱり判別できなくなっているのですわ(汗)

太郎の母さま
コメありがとさんです(私は太郎の母と言えばウルトラマンの母をすぐ思う。のでなぜかウルトラの母相手にお話するようです。ふふふ)。
そちらはもう雪でしょうか。
さて、その空想癖、妄想癖が重要です。物書きには。
だから太郎の母さま素質があったのです。
何歳かわからないけれど、銭湯の脱衣場で、お祖母ちゃんの出ないおっぱいをねだって、しょうがないねと言われながら、くわえている記憶も、そこだけぽつんとあります。もっと小さかったのでしょうか、それとも同じくらいの歳だったのでしょうか、不明です。
当時の銭湯は結構な人出でしたから、我ながら恥ずかしかったので記憶しているのでしょうか。ははは^^;

3歳の夏、鳥取砂丘のてっぺんで5頭程の潮を吹きあげるクジラを見た。感動したsign03
4歳の冬、親戚から一晩だけ預かった猫と一緒に寝ていたら夜中に子猫が3匹生まれていてお布団が真っ赤だった。漏らしたかと思ったsign03
5歳の夏、小豆島の何とかパークで羽をワシャワシャと全開に広げた雄の孔雀に追い回された。チビったsign03

と、このように幼少期の記憶とは感動や恐怖の引き出しのみではなかろうか?
または強烈な肥溜めの臭いに満ちた引き出しか?

由香ぴょん様
コメありがとう^^
いつもお世話になっております。
肥溜めの臭いが引き出しなら、もっと小さなころの記憶もあるかと、この事件は特に悔しかったのですね、私にとっては。
お尻の堅い子、で調子にのって、かなり自分でいい気になっていたんですよ。
それがパシッと鼻を折られた。
しかも濡れ衣でしたから。
ね~。
また読んでコメくださいまし。

こんばんは~(*^-^)
これはかわいそうですね~。
いったい犯人はだれなんだろう?気になります。
少なくともリョーコちゃんではなさそう。
サスペンスのにおいが・・・あっ、こえだめのにおいですね(笑)

「おしりの堅い子」の濡れ衣は強烈なインパクトとして
記憶に残ってるんですね。
私の記憶の最初はどんなものなのか。
そんなにはっきり思い出せないのですが、
小さいころ、ハトに囲まれた事件は
今も忘れられなくて、ハトは苦手です( ̄○ ̄;)!

むくむくさん
コメントありがとうございます。
むくむくさんのブログここしばらく読んでいなくて、そうだ、読みに行こうと、数日分読んで「いいね」2回おしたのです。それで帰ってみたら、きゃ~~~、むくむくさんからの「いいね」コメントまで頂戴しました。
なんというか、偶然とはいえ、なにかしら赤い糸(おいおいおい)で結ばれているような感じがいたしました(迷惑か?)
やっぱり、幼いころの記憶というのは、恐怖とか、感動とか、子供ながらに感じる怒りとかそういうインパクトのあるものが残っているんでしょうね。
今はどこにも肥溜めないですね。
私のすぐ隣に、一つ上で、私の名前とまったく同じ漢字でよみが「ひろこ」ちゃんが寝ていました。あやしいな~。と思っておりますが、証拠がありまへん。
彼女をたたいても、ほこりはおろか、もはや記憶も何もない事でしょう。

おはようございます (@^^@)/
昨日はお話いっぱいしてくれてありがとうございました。
小さい頃の実家の風景もそんな感じで懐かしく思い出しました。
肥溜め小さい頃はやっぱまたぐのも大変でした。^^
弟さんと同じ年でした~~(● ̄▽ ̄●;)ゞ  

mokomokoさま
ご訪問&コメントありがとうございます。
昔の農家の光景は、だいたい似たようなものですよね。
肥溜めは必ずありました。
あと、おトイレは外でした。
で夜の小用のために、おまる、が子供に用意されておりました。
mokomokoさんの年ばれた、うふ。
今後ともよろしくです。

こんにちわhappy01
お元気ですか?
たまに町にくりだしてるけど、お見かけしませんね~

たくさんお友達できたんですね!
たのしそうnote

あねしょかぁ・・・濡れ衣は許せませんね!
小さい頃のインパクトある記憶って、覚えてるものですよね。
また町であったらお話しましょうhappy01

みかんさん!
うれしい~、コメントありがとうございます。
お洋服また新しいのですね。
私は、この冬のさなか、まちでは着たきり雀で、裸足の貧乏ったれです。
でも元気に出歩いているので、お友達がたくさんできましたheart02
何度かみかんさんを「まち」で見かけたのですが、声かけようとしたら、消えてしまったwww.
タイミングが悪いのですね。
ブログ読みましたよ。
手袋と帽子、いいな~。喜ばれたでしょ。
また、まちで会えるのを楽しみにしていますnote

なんだよ~んhappy01
気軽にブログにコメントしてくれていいのに~paper

マメ夫さんのニット帽子は、すっぽりかぶれて
喜んでましたよnote

了解!
今度気軽にコメします。
よろしくです。

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