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2011年11月

2011年11月28日 (月)

どうしよう・2

今度の日曜日12月4日に、よみうり神戸ホールで、私が代表をしている団体が企画して進めている東日本大震災の復興のためのチャリティイベントがあるから、その前に少しでも痩せておきたかったのだけれど、痩せるどころか増えている。

怖くてここ数日は体重計に乗ってもいない。

というのも、先日ここに書いた北海道の友人がイクラと一緒に冷凍で送ってくれたお米が、とてつもなく美味しくて、食べ過ぎているのである。

結露して、カビでも生えてはいけないから急いで食べなくては、と、それまで食べていたお米をやめて、炊いてみたら、もう、もう、最高happy01だったのだ。

友人に訊いてみたら、それは蘭越で作られたお米で、昨年度実施した日本のお米のコンテストで第2位を受賞したお米だったと言うではないか(おい、だったら何で冷凍で送ってくるよ、な~)

昔、私が北海道にいた30年以上前、北海道のお米はまずいということで通っていた。

そのために、道産米をもっと食べようというキャンペーンが収穫の秋にはあり、当時、パーソナリティや司会の仕事をしていた私は何度もそのイベントの司会を務めた。

その時は「炊きたては美味しいんです」ということで食べましょうと勧めていた記憶がある。

炊きたてなら、たいていのお米はおいしいものである。

この頃は北海道米でもナナツボシを代表としてまずまず内地の人々に認識されるようなお米ができるようになったけれど、それでも、お値段を考えて、安い割に納得、という感覚だった。

北海道の人の意識もそうだったのではないかと思う。

それがそうではなく、胸を張って、内地の有名ブランド米に負けないお米ができたというので、私の友人はどうしてもそのお米を私に食べてほしかったのだと思ったらしい。

わざわざ蘭越まで車で行って、買ってきてくれたのだそうだ。

たしかに、とてもおいしい。「ゆめぴりか」という。

炊き上がったお米は透き通っていて、粘りがあって、甘み旨味があってすばらしい味で、お漬物だけでも、ジャコの佃煮だけでも、充分満足できる。

なのにイクラlovelyまであるのだ。

ということで、再度、どうしましょう、なのである。

太ってしまった。

「言うたらなんやけど、お前、すこしアゴのあたりが丸くなってきたで」と夫に言われた。

「言うたらなん、なことは、言わんでよろし(ありがたいお言葉かとは思ったが)」と応えたけれど…。

文壇の元貴公子(元は失礼だなcoldsweats01)に会うのに…down

ところで、チャリティイベント、当日でも会場で入場券買えると思います。

興味のある方は下記イベント詳細をクリックしてご覧のうえ、よろしければおいでください。

イベント詳細

2011年11月24日 (木)

海千山千

このココログ会員のみがチャットで交流できたり遊べる「まち」という広場がある。

ここで何人かお喋りが出来る友人ができ、けっこう楽しい。

はまって日に3度は「まち」へ出かける。

先日そこで会話をしているうちに、私は実年齢をばらして、つい「海千山千なんじゃ」と言ってしまった。

そうしたら「何? 何?」と、そこにいた数人が食いついた。海千山千を知らんらしい。

「海に千年、山に千年よ」

「??? ヤマトタケルのミコトのこと?」

~~~うううdown

せいぜい10文字くらいで応答しあうそこのチャットの文章では、書けばすこし長くなりそうで、しかも変換ミスもあってややこしいので、どうしようかと思っていると、別の重要人物が出現してこの件は終わった。

海千山千という言葉は死語になりつつあるかもしれない。

元々は、海に千年住み山に千年住んで世間の裏も表も知りぬいた何でも知っている人という意味だが、そのまま良い意味では使わない。賢い人のまえに「ずる」がつく時に言う。

だから「あの人は海千山千よ」という場合、あの人の言うことを素直にそのまま信用して何かしたらえらいことになるかもしれないから、ちょっと気を付けなくては、というような意味がある。

尋常の人間ではないから警戒が必要ということである。

私はずる賢い人間とは自分では思っていないけれど、57年生きてきて、そのうちの半分を北海道で半分を大阪で、仕事も喋ったり書いたり、その世界では表も裏も知り、大した者ではないけれど、お金をかせいで生きてきた。ぼやっと年を食って来たとは思っていないプライドもある。

そういう意味で海に千年山に千年と言ったのである。

年をとった女には価値がないとは言わせたくない生きた重みや経験を言いたかったのだが、言葉を知らずに「ヤマトタケルのミコトのことか?」と訊くので、コケそうになった。

おいおい、それを言うなら「海幸彦山幸彦」で、ヤマトタケルではない。

たぶん絵本で海幸彦と山幸彦の話と、ヤマトタケルの話を同じ時期に読んだのかもしれないな。

まあ、いいや。

考えたら、海千山千なんて言葉、ずる賢いとか要注意とか、そういう意味で使うなら、そんな言葉は無くなったっていいのだ。

尊敬されるために使われるなら残ってほしい言葉だけど。

2011年11月21日 (月)

我が家の今昔物語①納豆禁止令

今は昔、結婚した当初の納豆がらみの話である。

夫は大阪の人間で、納豆は匂いも味も苦手であった。

私はそもそも納豆がそんなに好きなことでもなかったが、そんなこととは知らず、ある時、買って、お昼に食べた。

そのころは狭いマンションに住んでいたので、夫が帰ってマンションのドアを開けたら、納豆の匂いがするので、不快に思い、即座に、納豆は大阪では一般に食べられていないこと、自分も嫌いだからと言い「食べてくれるな」ときつく頼まれた。

大げさであるが、納豆禁止令が発令されたのである。

ところがそう言われると、ますます納豆が食べたくなるのが人情だ。

当時、たしかに大阪では納豆じたいあまり売っていなかった。

市場の味噌ばかり売っているお店の隅あたりにマレにひっそりと売られていて、それはしかも賞味期限ぎりぎりのものだったりした。

そういうものはますます匂いがきついのである。

で、密かに買ってお昼に納豆を食べて、何か紙でくるんでゴミ箱に捨て証拠隠滅を図ったのであるが、どうも夫の嗅覚は犬並みなのか、帰ってくるなり「お前、隠れ納豆したやろ」と責められた。

私は隠れキリシタンならぬ、隠れ納豆者なのである。

そう言われても、懲りずにときどき食べ、嫌味を言われた。

今から31年前の事である。

翌年、私の住む八尾に西武百貨店ができた。

その地下のストアにテンコ盛り新鮮な納豆が売られているのを見たとき、涙が出たな~~~。

西武は東京系のデパートだから納豆がふんだんにあるのだと嬉しかった。はんぺんも売っていた。大阪には無いものが売っていてありがたかった。

ところで、月日が経つうちに、納豆は血液をサラサラにする、体に良い、という健康ブームにのって、大阪でも食べられるように変化していった。

夫もいつのまにか、新鮮な納豆で作った、納豆の天ぷら(海苔で包んで揚げて天つゆで食べる)に始まり、烏賊納豆。豆腐納豆、などちょっとずつ怖いもの見たさに私が作るものに手を出しているうちに、一人でも納豆を食べるようになった。

先日、近所のスーパーに「匂い控えめ」納豆が安売りしていて、買って食べたら夫曰く「これは納豆好きには物足らん味やな~」と。

(いつからあんた納豆好きになったのよ。え?)

同じようなものに、サンマもある。焼いたら部屋につく匂いが不快なので、家でサンマは食べるなと言われて、それで友人の家でお昼にサンマ持参でサンマ定食を一緒に食べたりした私だったが、いつの間にか、夫はサンマも大好きな人間になった。

ほんまに今は昔である。

どうしよう

高校時代の友人から毎年手作りの、いくらnotesとジャガイモが届くのですが、いくらは冷凍でジャガイモは通常の宅急便で届きます。

いくらの入った冷凍の箱には隙間があるので、毎年昆布とかチョコレートとかほかにもこちょこちょ入れてくれています。

ちょっとこれ冷凍で来られたら、後が大変、というものもあるのですが、せっかくなので黙っております。結露がでて、海苔とかちょっと困るのですが、急いで食べたり、食べきれないのでそのままにして劣化させてしまってから食べたりします。

気持ちを受け取るのだから、ありがたく、と。

今回、お米が冷凍で5キロ入っていましたcrying

どうしましょう。

って、もう宅急便の冷凍庫から下して、普通の気温のところに置いています。

いくらだけは冷蔵庫に入れましたが…。

北海道なら玄関とかガレージとかに置いたら冷凍庫と同じですが、こちらとでは湿度も温度も違いすぎます。

結露で湿気てまずくなるような気がします。

というより、じつはお米はどうしましょう、コンスタントに前払いで変更できないコースで頼んでいるのです。

夫と二人暮らしなので、お米食べきられない。涙、涙。

冷凍してきたお米、他の友人にも差し上げられないし。

どうしましょう。どうしましょうthink

ありがたい…悩みです。

2011年11月13日 (日)

マルハゲのマルアゲ?

夫が昨日、加太へカワハギを釣りに行って、小ぶりのを7尾釣ってきた。

あとチャリコ(小さな鯛)2尾とガシラ1尾。

夕べの食事はそんなことで、カワハギのそのなかで大き目を3尾つぶしてお鍋にした。

カワハギはキモがすこぶる美味しいお魚。

でも鮮度が命で、どんどん生臭くなる魚でもある。

キモはすこぶる美味しいものの、そんなことで生で食べられるのは釣り人の特権。

生でお刺身のようにワサビ醤油で食べた。

ウマー かったheart04

で、お鍋のほうも超美味しく、最後の雑炊がもうもう涙出るほど美味かった。

へたなフグ鍋より美味いんじゃわ。

ということで、今晩のメニューは残ったメチャクチャちいさいカワハギを、丸揚げにするか、どうするか、で悩んでいる。

ちなみにカワハギは関西では「ハゲ」とも呼ぶ。うろこがなくて皮をバリバリっと丸剥ぎにするので、「マルハゲ」だ。

マルハゲの丸揚げ( coldsweats01 )

チャリコのほうも小さくて可愛いので丸ごと酒蒸しにしてみようかな。

あと何か菜っ葉のおかず作ればいい。

よし! そうしよう。

2011年11月10日 (木)

寒い!

今日は朝から寒い!

銀行に行こうと思っていたし、パソコンのインクも買おう、名刺も残りわずかなので注文しなければと思っていたけれど、今日はどこにも行かない。寒くて出る気になれない。

家の冷蔵庫にあるもので夕食も作ろう。

昨日ジンギスカンのお肉を買って帰ったものの、使わなかったのでそれを食べて、あとは冷凍庫に夫がこの夏に釣ったタコが入っているので、それをスパゲティのペペロンチーノベースのタコのスパゲティにしようっと。

ちょいとレタスサラダも付けて。

けっこうおごっつおさんじゃないか。

私は北海道生まれで26歳まで北海道にいたから、みんなからは寒さに強いと思われているけれど、寒いのはだいっきらい。

雪のない国に憧れて、夫と一緒になった(笑)。

ところがあんがい大阪は家の中が寒い。

北海道の方が家の中は暖かい(暑いくらい暖かくする)。

だから最初、思っていたのと違うので、がっかり。

これからだんだん寒くなるのね。

身体に気をつけましょう。

2011年11月 8日 (火)

忙しかった一日

今日は寒かったけれど、とても良い天気だった。

午後3時に法人会員の淀屋橋のI原時計店の社長と会って、5時からM日新聞へ受賞者連れて行って、それで6時半ころには心斎橋のG月さんの文学バーへ。

けっこうハードスケジュールだった。

G月さんのところでチャリティイベントのチケット1枚売れたというので、さっそくそのお金をいただいた。

買ってくださったのはK丸さんといわれる方だそうで、ありがたい。

ということで、チケットの売れ具合の偵察という名目で、G月さんのバーで受賞者と一杯ずつ飲んだ。

受賞者はバーのアルバイトの若い女性と意気投合していた。

富士急のライブ? のことで盛り上がっていた。

若いなあ、と、うらやましい。

で、9時半に帰ったら、夫が若干不機嫌。

今日の夕食はしゃぶしゃぶを用意しておいたのだが、それを食べた後の汁を利用して夫はラーメンを作りたかったようなのだが、どうも他にあんかけ焼きそばも作って食べたもので(麺ばかりじゃあないか、おまえさん面食いか)、ラーメンは一人前は食べられなくて、私がいたら一人前を半分ずつできるのに、なかなか帰ってこないから、食べられなくて不機嫌だったというのがよくよく聞くと真相だったみたいで。

それをはっきり言わずになんか不機嫌でツンツンするので、なんやろと思ったわ。

最初から今日の帰宅は9時ころと言っていたし、それが9時半で怒るなよ。

ラーメンごとき、最初から自分の食べたい分だけ作ればいいじゃん。

なんでいちいち私がいれば、とか考えるかな。

あ、下記は覚書。

守口のY東の講座の日程、2月1日と2月8日。

朝に館長からの電話で、了解する。午後1時半~。

2011年11月 6日 (日)

ランチ

今日は夫と近所の「こふく」という喫茶店でランチを食べた。

「こふく」は以前難しい漢字何文字か使って「ちーれま」と読む飲茶の点心を数種類だけ扱う夜6時からのお店で、その時代に夫とよく出かけた。

小籠包とか、豚まん(スープ入豚まんとも呼んでいて、豚まんのなかに湯葉でくるんだスープが入っている)とか、スープを仕込んだ点心が超美味しいお店だった。

お店のオーナーのご亭主さんがお向かいに「福龍園」という中国料理のお店を経営していて、その姉妹店で、奥さんが仕切っているお店なのだ。

すこぶる美味しいお店なのだが、奥さんが一人で作っているので、料理の数が限られていて、そのせいもあったと思う、客が少なくて、結局、一年ほどで喫茶店に変わった。

もっともその方が私たち女にはありがたくて、朝はモーニングサービス、お昼はランチ、午後5時で閉店だけれど、この方が友人連れて頻繁に利用できるお店になったのである。

ランチは結構ボリームもあって、この話を夫にしていたら、夫はいつも女の人がお得なランチをするのをうらやましく思っているもので、きょうはぜひランチというものを食べに行こうという話になって出かけたのである。

今日のランチは鶏のから揚げ、小海老のから揚げ、オクラとモロヘイヤの煮びたしとサラダがちょっとずつ&メーンのお料理がもやしと豚の三枚バラのセイロ蒸し。

それに卵スープに、ご飯には肉みそがのっかっていた。

朝は10時ころにたべたので2時ころにランチに行ったので、夕飯いらんくらいに満腹になった。

ということで今日の夕飯はとてもシンプル(書けない内容)。

あははは。

栄養はランチで摂りました!

良い一日でした。

2011年11月 5日 (土)

痛たたたっ

今日は午後から雨。

そのせいか、3時過ぎから膝が痛くなってきた。

とくに左の膝。

9月の末ころに突然朝起きたら起き上がれないくらい痛くなって、一週間は階段の上りが苦痛で、自転車もこげず、どうしたんだろうと思っていたのだが(突然痛くなる前にかなりクーラーのきいたホテルで2時間ほどパーティ、1日置いて次の日に別のホテルで講座をやった後で来てくださった友人と喫茶で長い間喋るわで、膝が堪えたのだろうと思ってた)、それが少しずつ治ってきて、ここ10日程はかなりマシになったんだわ。

それが、いったい、今日はまたどないしたん?

夕飯の買い物に出るあたりで痛くなり始めて、食事を作っている時には立っているのもちょっと辛いかんじで。

来週お医者に行くわ。

今までは冷えが原因と思っていたんだけれど、そういう問題ではないかもしれない。

あ~~~、ヤダヤダ。

こうして、こうして、おばさんから婆さんへ変わっていくのかしら。

2011年11月 4日 (金)

なんじゃ、それは

夫のこと。

夫の母が84歳なんで、元気だけれど時々顔見に行かねば、と思っていて、近いうちにまた行こうと言ったのね、私。

そしたら夫が「今度の土日泊まりで行こうか」と言うんでOKしたのよ。

ところがその件で夫が義母と電話で話してるのを聞いたら、義母にはその夜出かける用事があって、翌日は朝も用事があるような雰囲気なので(元気なので義母のスケジュールはいつも一杯なのだ)、無理せんと今回はやめようという意味で、私は大きく両腕交差してバッテンをしたのね。

しかし電話はそのうちに、どうも雰囲気が変わってきて、夫は6時に辿り着くから夕飯時々義母にごちそうになる料理店に行く(連れて行け?か)とかいう話になって、それで最後、夫は話はついたと電話切ったのよ。

おやおや?

よく聞いたら、義母の予定の「夜の外出」は町会の班長なので班長会へ行くだけだからそれは遅れて行ってもかまわない。7時に集合だけれど、8時近くに行くように言っておく。翌日の朝の用事は町内会の年に一度の掃除だけだから、私たちが泊まりに行ってもかまわない、というのだ。夜の班長会もその掃除の事での会議があるそうで。

事情を聞いたら、夜の会議はともかく、朝の町内会の掃除ならば、84歳の義母が出て、嫁の私が寝てるわけにはいかんやろ! 

週に一回介護のヘルパーさんに来てもらって家の掃除をしてもらっているやら、近所の方のお世話に日々なっているのに、私がいて掃除も挨拶もしないわけにはいかんやろ! そりゃ。

夫はそんなふうに頭が回らんのよ。

そう言ったら、

「じゃあ、どうする」

って驚いたように聞くんで、

「どうするもこうするも、私は起きて掃除にでるやんか。かまへんやん、でるやんか」

と答えた。

朝が超苦手な私である(掃除も)。

夫は私が嫌がっていると思ったらしい。夫に対して怒っていると思ったのかもしれん。

私はただ、え~~~っ、まいったな。しかししゃ~ないな、と思っただけでなのある。

たまにしか行かないので、いいところを見せなあかんし、しゃ~ないやんか。がんばるぞ、と思ったのだ。

それで、その話は終わったものと思って、別の部屋でパソコンでごちょごちょ作業をしていたら、すこしして、

「オカンに上手に電話で言って、行くのやめたから」

と突如、夫は言うんじゃよ。

は~????

上手に言って行くのをやめた????

電話を一度切ってしばらくしてから行くのをやめると再度電話したら、私がその間に話をして掃除が嫌でそそのかしてやめさせたと思わないか? それ。

夫の母は変に物事を解釈しない人だから私はずいぶん助かっているのだけれど、こういう流れでそれって、どうなのよ。

ったく、あのアホ亭主。

しかしこういう時には下手にまた話をするとややこしくなりそうなので、黙っとく。

もう知らんわ。

2011年11月 2日 (水)

鐘表紙候補の写真

鐘の表紙の候補リスト。

Photo  

 

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